コレクション展2022-1:地と天と

2022年4月11日(月) ━ 6月26日(日)

コレクション展 開催中
SHARE
コレクション展2022-1:地と天と

コレクション展2022-1:地と天と

今回のコレクション展は会場を地下2階展示スペースに移して開催。「地と天と」というテーマのもと、大地に根を下ろす力、大地から発するエネルギー、天空への憧憬、天からもたらされる恩恵などを描いた青森ゆかりの作家の作品をとおして、青森の精神風土について考えてみたいと思います。自らが生まれ育ち、生涯を暮らし、そして還っていくであろう「地」と、限りない可能性にむけて飛びたつことを夢みて仰ぎ見る「天」の、それぞれをめざす精神の運動の軌跡を紹介いたします。

 

また県立美術館の支援団体「青森県立美術館サポートシップ倶楽部」との共催による十和田市出身の美術家、中野渡尉隆の個展と、2021年度に津軽地方で開催したアートプロジェクト「美術館堆肥化計画2021」の成果展示を同時開催します。

お知らせ

開催概要

会期

2022年4月11日(月)-6月26日(日)

休館日

4月18-22日、25日、5月9日、23日、6月13日

展示内容

展示室A、棟方志功展示室|棟方志功:天地万物を封じこめる

青森に生まれ、画家を目指して上京したのち版画の道へと進み、世界で活躍した棟方志功。その作品には裸の女人がよく描かれます。立っていたり座っていたり、舞っていたり漂っていたり、画中の女人像はしばしば天地を感じさせない様々な恰好で刻まれます。

1953年制作の《湧然する女者達々》は、2点組の板画それぞれに3人ずつ女人が描かれています。地から湧き出る「湧然の柵」、天から没する「没然の柵」、女人像が縦に配置されているこの作品は、元々は横向きで向かい合う形でした。このことについて棟方は「はじめ、毎日新聞社の現代日本美術展※1に出品したとき、屏風にして横に飛翔しているようにして出したのですが、サンパウロ※2のときは縦にして出しました。《飛翔する女者達々》だったのが《湧然する女者達々》になったわけです。」※3このように話します。出品する展覧会が違えば摺りや彩色の違いに伴って作品名が変わることはよくある棟方ですが、四方正面だとよく言われる冗談を楽しむかのように向きまで変えています。しかしそれでも違和感なく成立するのが棟方板画の妙。足首から下、足先の表現の仕方で作品の下辺は地にも宙にもなります。

棟方は作品制作について「天地の中にあるもろもろのものを作品にしてゆこう」「天地がもつ組織体のすべてをも板画の中に封じこめよう」などと述べ、天と地を大きなテーマの一つに捉えていました。書作品や倭画、板画のタイトルでは天と地を意味する「乾坤」を好んで使用したり、鳥と魚、太陽と月、東西・南北などの対になる要素を天と地を象徴するモチーフとして用いたりと、天地、すなわち全世界、宇宙まで思いをめぐらせています。好んで描いた大地の力や生命力を感じさせる立派な樹や山、天に向かってそびえ立つ姿、軽やかに舞う天妃たちなどからは、天地万物に対する棟方の畏敬の念や、生命への賛歌がほとばしるようです。棟方の手にかかれば天と地でさえ様々な姿形で描きだされます。

※1 1954年第1回現代日本美術展《大蔵頌・乾坤輪上板壁画柵(如・妙・慈・恩・眞・怒)》と題し出品。
※2 1955年第3回サンパウロ・ビエンナーレ《湧然する女者達々》と題し出品。《二菩薩釈迦十大弟子》などと共に版画部門の最高賞を受賞。
※3 棟方志功「湧然する女者達々」『板画の道』宝文館、1956、p.52

棟方志功《天駆妃妙業青赫図》
1950年代
倭画、彩色・紙
各41.0×65.0cm

展示室B|成田亨:彫刻と怪獣のはざまで

青森高校在学中、阿部合成に学び、詩人山岸外史から薫陶を受けた成田亨。合成に「君は抒情詩人だ。浪漫派だ。」と賞され、「作為に満ちたエモーションのない絵は一喝された。」という成田は、晩年まで「初発的感情」という創作動機の重要性を繰り返し述べていました。少年期に戦争記録画を見て衝撃を受け、戦後の混乱期に多感な青年期を過ごし、高度成長期に入ると同時に映画、そしてテレビの仕事を手がけ、バブル期に自身の彫刻の集大成とも言える《鬼のモニュメント》(1991年)を京都府大江町に完成させた成田は、ある意味で戦後社会の動向に沿いつつ創作活動を続けた作家と言ってよいでしょう。さらに、自らがデザインしたウルトラマンや怪獣が消費の対象という「商品」になってしまったことで精神的に疲弊した成田は「悲劇的なもの」へと傾倒し、晩年には「僕の描きたい絵のテーマは〈絶望〉です」(*1)と述べるようになっていきました。

怪獣デザインについても成田は、「怪獣が芸術ではないというのは、内容的に芸術的であるかないかという問題じゃなくて、やっぱり芸術の分類の形式から、そうなっているんじゃないですか。」(*2)と述べていますが、それはサブカルチャーが「傍流」であるという集合的無意識を反映したものと言えるのではないでしょうか。そうした一般的な価値観と、自身の表現との間で終生苦悩したのが成田亨という芸術家でした。それを成田個人の問題と捉えるのではなく、広く戦後日本の文化史/社会史の中に位置づけ、考えてみること。社会の閉塞感が再び強まりをみせる今、成田亨の歩んだ人生と残された作品から考えるべき点は多いように思います。

*1 成田亨『特撮と怪獣』フィルムアート社、1995年、p.256
*2 前掲書『特撮と怪獣』 p.251

成田亨 ウルトラセブン決定稿B案
1967年
ペン、水彩・紙
39.4×35.0cm

展示室C|地と天と

この展示室では、「地」と「天」という、作家の創造的な精神が向かう二つの方向を軸に、5人の作家を紹介しています。自らが生まれ育ち、生涯を暮らし、そして還っていくであろう「地」と、限りない可能性にむけて飛びたつことを夢みて、仰ぎ見る「天」のそれぞれをめざす精神の運動が、彼らの作品に描かれているように思われます。

横浜町にうまれ、八戸市で少年期をすごした豊島弘尚は、東京藝術大学卒業後、前衛画家のグループ「新表現展」をたちあげて活躍しますが、70年代なかば、北欧に赴いたことをきっかけに、北欧神話などに想を得た壮大な作品を描くようになります。「アンドロメダ」「アンタレス」という二点では宇宙の星々を仰ぎ見、「アトランティス」では、空想の大地に、オリオン、ジュピターといった神々の名やトロイ、バビロンといった古代の都市の名に交じって、青森、八戸といった故郷の地名が書きこまれています。

村上善男は、自らも担い手のひとりであった60年代の前衛の疾風が失速したのち、数値と記号で表現される無機的な気象の世界に韜晦しますが、弘前に居を移した80年代以降は、津軽の風土に自らの痕跡を刻み付けるように、「釘打ち」のシリーズを制作しています。これらのシリーズでは、ロマンティックな夢想よりも科学的な精神を感じさせる視点によって、地の理と天の法則をとらえようとしているかのようです。

田舎館村出身の田澤茂は、60年代には前衛絵画の影響もうけていましたが、後年は児童画の素朴さにひかれつつ、日本人の心性に根差した表現を追い求め、鬼や故郷の化粧地蔵、菩薩などを描きました。「野の仏」では、岩木山をバックに、故郷の大地にしっかりと足をつけて生きる人々の真摯な祈りがユーモラスな群像表現のなかに息づいています。

弘前市出身の工藤甲人は、西洋美術の影響を深くうけながら、岩絵の具を用いた華やかな日本画を描きました。夢と覚醒、光と闇などの相反するものを合体させるということが、工藤の表現の核にあります。ここに展示した作品でも、冬の大地に眠る生命の息吹が春の光をもとめて空へとのぼっていこうとする自然の循環が、描かれています。

青森市浪岡に生まれ、旧制青森中学以来の太宰治の親友であった阿部合成は、大地とともに生きる農民たちへの共感と、現実の生活の彼方にある真実への希求との間に修羅の生涯を送った画家でした。出征し、シベリア抑留から帰国した阿部は、戦後のメキシコ滞在時にであった民俗的なキリスト教信仰などを題材に、ミイラや髑髏に代表される地の底の死の世界と、天上の救済への祈りが同居する独自の作品を描いています。「マリヤ・声なき人々の群れA」で描かれた髑髏の海で祈る聖母の姿は、地の底にたちながら、はるか天の彼方を希求する画家の精神の姿ではないでしょうか。

田澤茂 地の声(野の地蔵)
1996年
油彩・キャンバス
97.0×194.0cm

展示室D、映像室|美術館堆肥化計画2021成果展示

2021年度、県立美術館ではアートプロジェクト事業「美術館堆肥化計画」を行いました。本事業は、美術館が地域とアートの今までにないつながりを生む「堆肥(肥やし)」となるべく、県内津軽地域で県立美術館や現代アート体験を展開したものです。本成果展示においては、美術館プロモーション展示「旅するケンビ」を行う中で出会った津軽地域ゆかりの資料(五所川原市に産出する偽石器や開拓農家・竹内正一氏による十三湖干拓の記録写真、農婦・外崎令子氏による平成の中泊の生活写真など)や、「耕すケンビ 津軽編:みみずの足あと」の中で展開されたアーティストらによる地域リサーチに基づき制作された作品、関連企画として開催した糞土師・伊沢正名氏による講演の記録動画などを組み合わせて紹介します。また「みみずの足あと」にちなんで平内町出身の「みみず博士」畑井新喜司先生ゆかりの資料も県立郷土館からお借りして紹介します。
各要素がまるで作物の根のように絡みあい、「よい畑」の条件である土の団粒構造になぞらえるようにして構成される本成果展示においては、津軽地域の人びと・アーティスト・美術館が協働で計画した、人が地域と、生き生きと関係するための術(アート)の様々が示されることになります。

「美術館堆肥化計画2021」詳細はこちら

小田香(フィルムメーカー/アーティスト)による
映画《これるおん 27 sep – 5 oct, 2021》を
中心とした展示風景
撮影=小山田邦哉

展示室E|中野渡尉隆:コスモス

(青森県立美術館サポートシップ倶楽部共催展)

青森県立美術館サポートシップ倶楽部との共催により、十和田市在住の美術家、中野渡尉隆の個展を開催します。1966年、十和田市に生まれた中野渡は、東京藝術大学で油画および油画技法材料研究を専攻。同大学院の博士後期課程に在籍中だった1994年に制作した逆走するバイク《パイドロス》で大きな注目を集めますが、バブル崩壊後の閉塞感が漂う中、目的を見失ったままに疾走を続ける現代日本のありようを、高度に洗練された機械の集合体たるオートバイの「逆走」によってメタ的に捉えた作品と言えるでしょう。その後は「平面」という出自に立ち返り、絵画や写真を表現手法としながら、「世界」と「人間」の実在根拠を探るような作品を数多く手がけていきます。

人の耳を洞窟の入口に見立てた写真シリーズ「洞窟としての耳のために」では、ひとつとして同じ形のない人間の耳、その奥に広がる「暗黒」が見る者の多種多様な欲望を飲み込んでいきます。しかし暗黒はただ飲み込むだけではありません。むしろその暗黒は応え、そこから光を感じるときがあります。主体と他者の関係性がイコールとなる瞬間、すなわち「愛」がそこに生じるのです。本作はその奇跡の瞬間をもたらす装置とも言えるでしょう。

その後は、水を用いて平面上に複雑なマチエールを作り出す「WATER DROPLETS」シリーズを経て、その発展系となる「星・雪・水蒸気」シリーズ(2011年~)を手がけます。雪、霧、雲、雨といった水をともなう自然現象、大気中の水分に反射することでゆらめきまばたく天空の星々・・・。生命の源たる水をモチーフとし、メディウムとしての「水」と「油」、技法としての「塗る」と「描く」、表現としての「具象」と「抽象」、モチーフとしての「大気圏」と「宇宙」など、2つの要素をひとつの平面上に同存させたのが、この本シリーズです。入口であり出口としても機能する本作は、世界と生命の始原や、生と死、光と闇、文明と自然など相反する現象の「境界」のイメージとも解釈できます。そこには人間として生きることの本質的意味や、主体と他者/世界と均整のとれた関係性を考察するための糸口がひそんでいます。

洞窟から宇宙へ。地から天へと連なる本インスタレーションに身を浸し、わたしと世界のあり方、あるいは内在と超越という概念について改めて私たちに再認識を促すきっかけとなるでしょう。

中野渡尉隆 星・雪・水蒸気 G7
2011年
キャンバス、混合技法(油絵具・合成樹脂エナメル・タルク、天然白亜、胡粉、他数種の体質顔料)
194×162cm

通年展示

展示室F,G|奈良美智:北のまほろばを行く

国内外で活躍する青森県出身の美術作家・奈良美智は、挑むような目つきの女の子の絵や、ユーモラスでありながらどこか哀しげな犬の立体作品などで、これまで若い世代を中心に、多くの人の心をとらえてきました。
青森県立美術館では、開館前の1998年から奈良美智作品の収集を始め、現在、その数は170点を超えます。
2020年3月からは、絵画やドローイング、ブロンズなど、作家からの寄託作品24点があらたに加わりました。その多くは、北海道白老町にある集落、飛生(とびう)での滞在と同地のコミュニティとの交わりから生まれた近年の作品です。飛生に集う子どもたちの姿を、現地で見つけた木の枝から作った木炭でデッサンした「トビウ・キッズ」シリーズや、アイヌ民族の聖地・アフンルパルにインスパイアされたドローイングなど、白老という地の歴史や自然、そして人々の暮らしに触れながら制作されたものです。
また、創造の営みにおいて音楽と深い関りを持ち続けてきた奈良は、2015年から福島県の猪苗代湖畔で開催されてきた、音楽とアートのフェスティバル「オハラ☆ブレイク」に継続的に参加しています。本展では2019年、フェスティバルで行われた、野外でのライブドローイングのシリーズ「北のまほろばを行く」も展示いたします。
記憶の古層を探るように、北へと向かう奈良の旅の中から生まれた作品の数々をお楽しみください。

アレコホール|マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の舞台背景画

青森県立美術館の中心には、縦・横21m、高さ19m、四層吹き抜けの大空間が設けられています。アレコホールと呼ばれるこの大きなホールには、20世紀を代表する画家、マルク・シャガール(1887-1985)によるバレエ「アレコ」の背景画が展示されています。青森県は1994年に、全4作品から成るバレエ「アレコ」の舞台背景画中、第1幕、第2幕、第4幕を収集しました。
これらの背景画は、帝政ロシア(現ベラルーシ)のユダヤ人の家庭に生まれたシャガールが、第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの迫害から逃れるため亡命していたアメリカで「バレエ・シアター(現アメリカン・バレエ・シアター)」の依頼で制作したものです。大画面の中に「色彩の魔術師」と呼ばれるシャガールの本領が遺憾無く発揮された舞台美術の傑作です。
残る第3幕の背景画《ある夏の午後の麦畑》は、アメリカのフィラデルフィア美術館に収蔵され、長らく同館の西側エントランスに展示されていましたが、このたび同館の改修工事に伴い、4年間の長期借用が認められることになりました。青森県立美術館での「アレコ」背景画全4作品の展示は、2006年の開館記念で開催された「シャガール 『アレコ』とアメリカ亡命時代」展以来です。背景画全4作品が揃ったこの貴重な機会に、あらためてシャガールの舞台美術作品の魅力をお楽しみください。

★フィラデルフィア美術館所蔵の第3幕は、長期の借用となるため、函館税関からアレコホールを保税展示場とする許可をいただいて展示しています。
アレコホールへのご入場には、コレクション展もしくは企画展の入場チケットが必要です。