春の常設展示 棟方志功生誕110年記念 棟方志功の多面体
展示のみどころ
1903年生まれの棟方志功は、今年2013年が生誕110年の記念の年となります。青森県立美術館では、継続的に志功の画業を紹介するため、常設の展示室をもうけていますが、今回は、棟方志功が独自の視点で神々を描いた戦後の大規模な板画作品のみならず、素早い筆致によって描かれた雄渾な倭画(やまとが)、若き日から老境まで描き続けた油絵などを紹介するとともに、棟方も大きな影響をうけた民芸運動の中心人物であった河井寛次郎や浜田庄司、弘前の陶芸家高橋一智の陶芸作品などを展示し、板画だけにとどまらない棟方志功の多彩な側面を紹介します。
その他、マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」舞台背景画3点、青森出身の奈良美智、成田亨、斎藤義重、さらに青森をはじめ東北の風土と向き合って制作を続けた村上善男の作品を展示します。

棟方志功 「公園図」 キャンバス・油彩 130.7×130.5

成田亨 「ウルトラマン初稿」1966年 ©成田流里
展示内容
特集:棟方志功生誕110年記念 棟方志功の多面体
展示室N, 棟方志功展示室 | 板画で描く神々
棟方志功は板画という手段を用い、日本の神仏だけでなくさまざまな国々の神々や、自然が人の形をとって表現されているようなアニミズム的な神々を数多く描いてきました。このコーナーではヒンドゥー教の神々を描いた『厖濃の柵』に引き続き、古事記の五穀起源神話から誕生の神々の姿を描いたという『群生の柵』、世界の七つの海を女性像として表現した『七海の柵』、ルーブル美術館で見たサモトラケのニケの像に首がないのが気の毒だと天使が女神の顔を運んでくる『賜顔の柵』、ニューヨークでトーテムポールから着想を得、最初にアメリカの地にたった五人の女性を表現したという『摩奈那発門多に建立すの柵』、ニーチェがゾロアスター教の開祖から名を借りて超人思想を語った『ツァラトゥストラはかく語りき』の詩を彫り込んだ『運命頌』、河井寛次郎への賛美として羅漢や仁王など仏に類座する様々な仏者を題材にした『鐘渓頌』、そしてインドから帰ってきて開催された「厖濃展」に出品された二点の自画像を展示します。
展示室P | ふたつの“バラライカ” 今純三と棟方志功
《バラライカの女の柵》という作品は、志功が十歳年長の先輩画家、今純三(1893~1944)への敬愛の念を込め、その代表作《バラライカ》に捧げたオマージュです。
今回、その《バラライカの女の柵》(棟方志功記念館所蔵)と《バラライカ》(弘前市立博物館所蔵)、そして純三が若き日の志功を描いた銅版画、《棟方志功像》(青森県立郷土館所蔵)が一堂に会します。青森の近代美術における青春期ともいえる時代を生きた、二人の画家の出会いに思いをはせてみてください。
展示室Q | 油彩画家 棟方志功
棟方志功ははじめは油彩画家を志していました。友人の小野忠明から見せられた『白樺』掲載のゴッホのひまわりの図をみて感動し、「わだばゴッホになる」と画家を志したというのは彼の自伝のタイトルにもなった有名なエピソードでした。しかし、目も悪く、師もいない棟方にとって油彩画の道は険しく、帝展に何度も落選し、ようやく1928年、『雑園』が入選します。しかし版画へと心を移していた棟方はこれ以降次第に油彩画から離れていきます。まだ完全に版画にうつりきっていない頃の、暗めの色調でフォービスム風に描かれた当時の流行を感じさせる大作4点と、これら初期の作品とはうってかわって華やかで明るい原色を用い、闊達自在な筆致で描かれた晩年の油彩作品を紹介します。
展示室M | 倭画の魅力
棟方志功は筆と顔料という日本画の伝統的スタイルで描いた絵を倭画(やまとが)とよび、即興的で自在な筆はこびで、大作から、愛らしい美人画など数多くの作品をのこしています。岩山に立つ堂々たる姿、ダイナミックな飛翔が印象的な『御鷹々々図』と、『りんご花風図』などの美人画を展示します。
展示室L | 棟方志功と民芸
棟方志功は1936年、国画会展で『大和し美し』が民芸運動の創始者、柳宗悦と浜田庄司の目にとまったことがきっかけで、その同志である河井寛次郎の知遇も得、この3人を中心とする民芸運動の人々から仏教をはじめとする宗教や美術、哲学などについて教えをうけ、生涯を通じて親しく交流を続けました。また、柳に学び、青森で民芸運動をひろめた相馬貞三や、河井寛次郎に師事し、郷土の土による陶芸の道を歩んだ高橋一智といった郷土青森の人々も生涯にわたる同志であり友人でした。
ここでは棟方が自らの絵画の原点とした青森の凧絵の様式で描いた作品、そして1953年に島根県民芸教会主催で松江市で「棟方志功作品展」が開催された際、島根県湯町布志名焼の窯元船木研二が成形した大鉢に絵付けをした『「青森の子」紋』に加え、河井寛次郎、浜田庄司、高橋一智による陶芸作品を展示します。
展示室J | 成田亨 怪獣デザインの美学
成田亨(1929−2002)は、「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」という初期ウルトラシリーズのヒーロー、怪獣、宇宙人、メカをデザインし、日本の戦後文化に大きな影響を与えた彫刻家兼特撮美術監督です。美術家としての高い感性によってデザインされたヒーロー、怪獣は、モダンアートの成果をはじめ、文化遺産や自然界に存在する動植物を引用して生み出される形のおもしろさが特徴です。誰もが見覚えのあるモチーフを引用しつつ、そこから「フォルムの意外性」を打ち出していくというその一貫した手法からは成田の揺らぐことのない芸術的信念が読みとれるでしょう。
展示室K | 斎藤義重 「思考」のオブジェ ~松本コレクションによる
絵画や彫刻といったジャンル分けを超えた独自の表現を追求した斎藤義重(1904-2001)。
1960年代から電気ドリルを使って合板に線を刻むことで「物質性」を強く感じさせる連作を発表、やがて空間を志向するかのように平面からレリーフへと展開、1970年代末からは空間そのものを取り込んだ立体作品へと移行していきました。1973年に戦災で焼失した作品の再制作を行った斎藤は、その過程で自身の造形が三次元の空間へと展開するものであることを認識し、壁かけの「絵画」から脱していったのです。
今回の展示では、長年斎藤の活動を支えた松本武氏が所蔵する作品によって、そうした斎藤の芸術的特質を探ります。
展示室F | 奈良美智 インスタレーション
国内外で活躍する青森県出身の美術作家・奈良美智(1959- )は、挑むような目つきの女の子の絵や、ユーモラスでありながらどこか哀しげな犬の立体作品などで、これまで若い世代を中心に、多くの人の心をとらえてきました。
青森県立美術館では、開館前の1998年から、絵画やドローイングなど、奈良美智作品の収集を始めました。現在、160点を超えるそのコレクションの多くは、1988年から2000年まで、奈良が滞在したドイツで制作されたものです。
この展示室では、創作ユニット・grafとのコラボレーションにより、2006年に制作した小屋の作品の一つ、《ニュー・ソウルハウス》を中心に、当館のコレクションや作家からの寄託作品を展示しています。
展示室G | 村上善男 新収蔵品展
東北の地に根をはり、東北の風土と一貫して向き合い続けた村上善男(1933-2006)。
1950年代後半から活動を開始し、1960年代には注射針を画面に無数貼り付けた作品、さらには計測器具、新聞、各種統計図等にあらわれる数字を構成した作品で高い評価を得た村上は、1970年代に入って気象図や貨車をモチーフにした作品へと展開し、1982年以降は弘前市を拠点に活動を続け、古文書を裏返して貼り込んだ上から、あたかも釘を打つように白い点を描き、点と点とを結ぶ「釘打図」を数多く手がけていきました。時代を追うごとにその画業は大きく展開しましたが、緻密な計算による画面構成と抑制の効いた色彩を持つ理知的な作風が、村上芸術の一貫した特徴と言えます。
長らく弘前大学で教鞭をとり、弘前を拠点に活動した村上ですが、そうした縁もあって、平成23年度にご遺族から計23点の作品をご寄贈いただきました。今回の常設展示では、そのうちの11点を特集展示いたします。
アレコホール | マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の背景画
青森県は1994年に、20世紀を代表する画家、マルク・シャガール (1887-1985) が制作した全4幕から成るバレエ「アレコ」の舞台背景画中、第1幕、第2幕、第4幕を収集しました。
ユダヤ人のシャガールは1941年、ナチの迫害から逃れるためにアメリカへ亡命します。バレエ「アレコ」の舞台美術は、画家がこの新大陸の地で手がけた初の大仕事でした。
1942年に初演をむかえたバレエ「アレコ」の振付を担当したのは、ロシア人ダンサーで、バレエ・リュスで活躍したレオニード・マシーン。音楽には、ピョートル・チャイコフスキーによるイ短調ピアノ三重奏曲をオーケストラ用に編曲したものが用いられ、ストーリーはアレクサンドル・プーシキンの叙情詩『ジプシー』を原作としていました。
シャガールは祖国ロシアの文化の粋を結集したこの企画に夢中になり、たくましい想像力と類いまれな色彩感覚によって、魅力あふれる舞台に仕上げたのです。