冬のコレクション展 春を待つ祈り / 人間を彫る

2010年1月1日(金) ━ 3月22日(月)

コレクション展 終了
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冬のコレクション展 春を待つ祈り / 人間を彫る

  • 特集展示:春を待つ祈り
    1) 湧き上がる生命 (棟方志功展示室)
    2) 小島一郎 津軽 昭和三二~三六年 (M)
    3) 工藤甲人 (L)
    4) 祈りの形、瞑想の形 – 小野忠弘、小坂圭二、村上善男、豊島弘尚 (I,K,H:秋より引き続き展示)

  • 人間を彫る ~版画による人物表現~ (P,Q)

  • ×Aプロジェクトno.8 首藤晃:アンビヴァレント・オブジェクツ - 両義的な物(O:秋より引き続き展示)

展示のみどころ

平成21年度のコレクション展の年間テーマは「笑い」と「祈り」。このテーマにしたがい、1年を大きく前期と後期にわけ、それぞれにテーマを設けて構成しています。
冬期は秋の「祈りと瞑想」にひきつづき「春を待つ祈り」がテーマです。
青森の長い冬、雪に閉ざされた風景と、その中でたくましく生きていく人々の姿、じっと息をひそめて春を待ち望む心・・・くっきりとした四季の表情をもつ青森県ならではの心の風景を、美術を通して感じていただきたいと思います。
なかでも今回は、2009年の1月 – 3月に企画展が開催され、好評を博した小島一郎の作品が展示されます。展覧会終了後も図録として発売された写真集などを通じて知り、実際に作品を見たいという声が高かった小島一郎の写真を、あらためて冬の雪の中でご覧下さい。
また、版画作品の特集展示も行います。「人間を彫る ~版画による人物表現~」というテーマで、版画特有の技法を生かして人間を描いた、恩地孝四郎 (おんち・こうしろう) や下澤木鉢郎 (しもさわ・きはちろう) といった画家の作品を紹介します。
×A (バイエー) プロジェクトは引き続き首藤晃 (しゅどう・あきら) のインスタレーション、また秋のコレクション展の「祈りの形、瞑想の造形」の4人の作家の作品も引き続き展示します。
このほか、成田亨、奈良美智、寺山修司の作品等もあわせて展示します。

恩地孝四郎 『あるヴァイオリニストの印象(諏訪根自子像)』  1946年 紙・木版

恩地孝四郎 『あるヴァイオリニストの印象(諏訪根自子像)』 1946年 紙・木版

小島一郎 つがる市稲垣付近 1960年 ゼラチン・シルバー・プリント

小島一郎 つがる市稲垣付近 1960年 ゼラチン・シルバー・プリント

開催概要

会期

2010年1月1日 (金) – 3月22日 (月・祝)

展示内容

棟方志功展示室 | 湧き上がる生命

MUNAKATA Shiko:Brimming vitality
ふくよかな女性の姿をした独特の菩薩像を棟方は数多く描いています。丸顔で赤い頬をした豊満な女性の姿には母のイメージが投影され、生命力が満ちあふれています。また、人物だけでなく動植物も写生に頼ることなく自由に描き表しました。
躍動感あふれる鯉の姿を描いた倭画『群鯉図』や、花札の図柄をヒントに四季を装飾的に描いた板画『柳緑花紅頌』、故郷の田園風景を幻想的に描いた板画『鷺畷の柵』など、自然の姿を生き生きと表現しています。
自然の美や生命への礼讃をこめて描かれた躍動感あふれる作品を紹介します。

展示室K | 村上善男:津軽を想う

MURAKAMI Yoshio : From Tohoku
東北の地に根をはり、東北の風土と一貫して向き合い続けた美術家村上善男(むらかみ・よしお)(1933 – 2006) 。
1950年代後半から活動を開始し、1960年代には注射針を画面に無数貼り付けた作品、さらには計測器具、新聞、各種統計図等にあらわれる数字を構成した作品で高い評価を得た村上は、1970年代に入って気象図や貨車をモチーフにした作品へと展開し、1982年以降は弘前市を拠点に活動を続け、古文書を裏返して貼り込んだ上から、あたかも釘を打つように白い点を描き、点と点とを結ぶ「釘打図」を数多く手がけていきました。時代を追うごとにその画業は大きく展開しましたが、緻密な計算による画面構成と抑制の効いた色彩を持つ理知的な作風が、村上芸術の一貫した特徴と言えましょう。
形式的な伝統主義を越え、東北の磁場を自己に引きつけつつ、北の風土が持つ「根源性」、「普遍性」の探求を続けた村上の作品群をとおし、風土と芸術の豊かな関係性について想いをめぐらせてみてください。

展示室I | 豊島弘尚:故郷と宇宙、生と死をめぐる瞑想

TOYOSHIMA Hironao:Heaven and Earth, Life and Death
展示室Iでは、「祈りと瞑想」の一環として、豊島弘尚 (とよしま・ひろなお) を特集展示します。
故郷、八戸に伝わる独特の獅子舞である「墓獅子」をモチーフにした作品を出発点に、地上から天空の星々の世界まで、生と死をめぐって自在に往還する豊島の作品世界をご紹介します。

展示室H | 小坂圭二・小野忠弘:祈りのかたち、瞑想の造形

KOSAKA Keiji・ONO Tadahiro : Figure of Prayer, Form of Meditation
このコーナーでは、二人の作家の作品を展示します。ともに、独自の抽象的な造形の中に、世界や宇宙、神と人間といった哲学的な思索を感じさせる、「祈りと瞑想」という今回のテーマを体現するような作品を制作しました。
彫刻家の小坂圭二 (こさか・けいじ) は野辺地町出身。野辺地中学時代に教員としてきていた画家の阿部合成に教えをうけ、美術家の道を志します。1942年東京美術学校彫刻科に入学し、柳原義達に師事しましたが、翌年からラバウルに出征し、激戦地で苦渋に満ちた戦争を体験します。帰国後復学、新制作展に出品。38才で洗礼をうけ、さらに2年間のフランス留学を経て、独自の造形の宗教的な彫刻を制作しました。
弘前市出身の小野忠弘 (おの・ただひろ) は廃品を利用したジャンク・アートの第一人者として、ヴェネツィア・ビエンナーレに出品するなど、世界的にも高く評価された前衛のアーティストです。福井県の三国町に居を定め、教鞭をとるかたわら、古美術や考古学にも造詣が深く、同地の文化財審議委員などもつとめていました。今回展示するのは晩年の「BLUE」というシリーズです。様々な古物が貼り込まれた深い青の地に白いエナメルのドリッピングが自在に走り、遙かにひろがる夜の空を思わせるような雄大・深遠な印象を与え、一つ一つが異なる小宇宙を形作っています。

展示室P,Q | 人間を彫る ~版画による人物表現~

Humans IN Graphic Works
美術作品において最もよく描かれる主題の一つは人間です。
しかし、人間を描いているといってもその内容はさまざまです。実在の個人を描いた肖像画もあれば、神話や宗教の説話、おとぎ話や小説のなかの登場人物を想像で描いているものもあります。そして個別の人物として特定されない人間像、いわば人間という存在そのものをテーマにしている場合もあります。
内容とともに、描き方もさまざまです。写真のように細部まで描き込んだものもあれば、少ない線で巧みに特徴を捉えた作品もあります。また、モデルに似せることよりも観る者に訴える効果を優先し、強調したい部分を誇張したり変形を加えたりすることもあります。こうしたデフォルメは近代以降、新しい時代にふさわしい独自の表現を追求する作家たちがよく行う方法です。
このコーナーでは、国内外の版画作品による多彩な人物表現を特集します。
(展示作家:パブロ・ピカソ、カール・シュミット=ロットルフ、恩地孝四郎 (おんち・こうしろう) 、清宮質文 (せいみや・なおぶみ) 、関野凖一郎 (せきの・じゅんいちろう) 、下澤木鉢郎 (しもさわ・きはちろう)、髙木志朗 (たかぎ・しろう)、永瀬義郎 (ながせ・よしろう)、浜田知明 (はまだ・ともあき)、平塚運一 (ひらつか・うんいち))

展示室O | ×Aプロジェクトno.8  首藤晃:アンビヴァレント・オブジェクツ -両義的な物体

SYUDO AKira : Ambivalent Objects
「× (バイ) A (エー) プロジェクト」とは、青森県立美術館のコレクションと建築空間の新たな魅力を引き出すための継続的プロジェクトです。
国内外のアーティストの作品やさまざまな創造の分野で活躍する人たちの発想など、青森県立美術館のコレクションあるいは建築空間に、新しい可能性を切り開くダイナミックな要素をかけ (×) 合わせることで、その特性と普遍性について考えます。
今回はその第8弾ということで、青森市を拠点に精力的な活動を行っている彫刻家、首藤晃 (しゅどう・あきら) の作品を紹介します。
首藤晃は1969年、北海道の江別市に生まれ。北広島市で育ち、2001年に弘前大学大学院教育学研究科美術教育専修修了後は青森を拠点に制作活動を行っています。国際芸術センター青森やリアス・アーク美術館、北網圏北見文化センター美術館での個展のみならず、北海道立函館美術館、夕張市美術館、鶴岡アートフォーラムでの企画展などにも多数参加。鉄と木を素材にした、生命のようにも、そして機械のようにも見える不可思議な彫刻作品を発表しています。

展示室M | 小島一郎 津軽 昭和三二~三六年

KOJIMA Ichiro , Tsugaru 1957 – 1961
「青森駅から奥羽線に乗り、弘前の手前の川部駅で五能線にのりかえて、五所川原あるいは木造で下車して津軽半島に向かって北上する」。これが写真家の決まりの撮影行でした。
大正13年、青森市大町 [現:本町] に、県内で最も古い写真材料商を営む家の長男として生まれた小島一郎 (こじま・いちろう)は、昭和30年代、青森県内をくまなく歩き、津軽の農村や厳冬の下北の風景を撮った写真家です。若くして命を落とした小島が、写真家として活動した期間はおよそ10年にすぎません。しかし、その短い間に、独特の造形感覚と複雑な印画の技法によって、郷土への熱い思いに裏打ちされた印象的な写真の数々を残しました。
青森県立美術館は、2005年に3000点以上に及ぶ小島の写真や資料を、遺族から寄託されています。
冬のとりわけ荒れた日を選んで撮影に出かけた小島一郎。「猛烈な吹雪に吹きつけられながら、十里余の道のりを休むまもなく歩きつづけながら、あるいは道あって道のない雪の吹き溜まりに落ちこんでもがいたりしながら――」過酷な撮影行は続けられました。
ここでは足しげく通った津軽地方西北部を被写体に、覆い焼きの技法を取り入れながら力強く焼き付けられた、小島一郎の津軽の冬をご覧いただきます。

展示室L | 工藤甲人: 春を待つ祈り

KUDO Kojin:Prayer awaiting Spring
工藤甲人 (くどう・こうじん) は、1915 (大正4) 年、現在の弘前市百田に生まれ、戦後、新しい日本画を創り出そうとした美術団体、創造美術・新制作日本画部・創画会を活動の舞台とし、故郷津軽の風土に根ざし、夢幻の世界と現実の世界のはざまを漂う独特の画風を築き上げました。
今回の展示では、工藤甲人の戦後の出発点ともなった『蓮』、故郷を離れ中央に向かう転機となった鳥シリーズ『荊蕀』、作者の芸術観を見事に体現させた『夢と覚醒』、そして東北人としての工藤甲人の心、絵を描く精神がそこに集大成された春夏秋冬の四部作『休息』『渇仰』『化生』『野郷仏心』など、その画業をたどるにふさわしい代表作を集めました。

展示室J | 成田亨:怪獣デザインの美学

NARITA Tohl : Aesthetics of Designs of the Monsters
青森県出身の成田亨 (なりた・とおる)(1929 – 2002) が手がけた「ウルトラ」シリーズの怪獣デザイン原画を紹介します。
彫刻家としての感性、芸術家としての資質が反映されたそのデザインは、放映後40年がたつ現在もなお輝きを失っていません。
青森県立美術館では、「ウルトラQ」、「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」に登場するヒーローやメカ、怪獣、宇宙人のデザイン原画計189点を平成11年度に一括して収集しています。
今回はその中でも人気のある『ウルトラマンイラスト』、『ウルトラマン初稿』3点、『カネゴン初稿』2点、『キングジョー初稿』等を展示します。

展示室F | 奈良美智:インスタレーション

Installation by NARA Yoshitomo
青森県弘前市出身の奈良美智 (なら・よしとも) は、弘前市の高校を卒業後、東京と名古屋の大学で本格的に美術を学び、1980年代半ばから絵画や立体作品、ドローイングなど、精力的に発表を続けてきました。青森県立美術館は、1997年から奈良美智作品の収集をはじめ、現在その数は150点を越えます。
『Hula Hula Garden』と『ニュー・ソウルハウス』という2点のインスタレーション (空間設置作品) を中心に、奈良美智の世界をご紹介します。

展示室G | 寺山修司:寺山修司とグラフィックデザイン

TERAYAMA Shuji and Graphic Design
1967年、寺山修司は「見世物の復権」をテーマに劇団「演劇実験室◎天井棧敷」を立ち上げ、以後の活動の拠点としていきます。天井棧敷は旧来的な演劇の制度に異議を申し立て、観客や不特定多数の人々を挑発する実験的な試みを数多く仕掛けていきました。天井棧敷は海外でも高い評価を受け、1969年のドイツ公演を皮切りに、ほぼ毎年のように海外公演が続きました。
寺山が活躍した1960 – 70年代はいわゆるアングラ文化が全盛の時代でした。高度成長によって近代化が急速に進む一方、社会的な構造と人間の精神との間に様々な歪みが生じ、そうした近代資本主義社会の矛盾を告発するかのように権力や体制を批判、従来の価値観を否定していく活動が盛んとなっていったのです。特に寺山は大衆の興味や関心をひきつける術に特異な才能を発揮しました。演劇や実験映画ではそれが顕著で、演劇、映画のあらゆる「約束事」が否定され、感情や欲望を刺激するイメージで覆い尽くされた寺山の斬新な作品は多くの人々を虜にしていきました。
このコーナーでは、アングラ文化の象徴とも言うべき寺山のポスター18点を紹介いたします。

展示室N | 特別史跡 三内丸山遺跡出土の重要文化財 縄文の表現

縄文の表現
特別史跡三内丸山遺跡は我が国を代表する縄文時代の拠点的な集落跡です。縄文時代前期中頃から中期終末 (約5500年前-4000年前) にかけて長期間にわたって定住生活が営まれました。これまでの発掘調査によって、住居、墓、道路、貯蔵穴集落を構成する各種の遺構や多彩な遺物が発見され、当時の環境や集落の様子などが明らかとなりました。また、他地域との交流、交易を物語るヒスイや黒曜石の出土、DNA分析によるクリの栽培化などが明らかになるなど、数多くの発見がこれまでの縄文文化のイメージを大きく変えました。遺跡では現在も発掘調査がおこなわれており、更なる解明が進められています。
一方、土器や土偶などの出土品の数々は、美術表現としても重要な意味を持っています。当時の人々が抱いていた生命観や美意識、そして造形や表現に対する考え方など、縄文遺物が放つエネルギーは数千年の時を隔てた今もなお衰えず、私達を魅了し続けています。
青森県立美術館では国指定重要文化財の出土品の一部を展示し、三内丸山遺跡の豊かな文化の一端を紹介します。縄文の表現をさまざまな美術表現とあわせてご覧いただくことにより、人間の根源的な表現について考えていただければ幸いです。

アレコホール | マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の背景画

Backdrop of the ballet Aleko for Act 1 , 2 , 4
青森県は1994年に、20世紀を代表する画家、マルク・シャガール (1887-1985) が制作した全4幕から成るバレエ「アレコ」の舞台背景画中、第1幕、第2幕、第4幕を収集しました。
ユダヤ人のシャガールは1941年、ナチの迫害から逃れるためにアメリカへ亡命します。バレエ「アレコ」の舞台美術は、画家がこの新大陸の地で手がけた初の大仕事でした。
1942年に初演をむかえたバレエ「アレコ」の振付を担当したのは、ロシア人ダンサーで、バレエ・リュスで活躍したレオニード・マシーン。音楽には、ピョートル・チャイコフスキーによるイ短調ピアノ三重奏曲をオーケストラ用に編曲したものが用いられ、ストーリーはアレクサンドル・プーシキンの叙情詩『ジプシー』を原作としていました。
シャガールは祖国ロシアの文化の粋を結集したこの企画に夢中になり、たくましい想像力と類いまれな色彩感覚によって、魅力あふれる舞台に仕上げたのです。

・『アレコ』第1幕 《月光のアレコとゼンフィラ》(1942年/綿布・テンペラ/887.8×1472.5cm)
・『アレコ』第2幕 《カーニヴァル》(1942年/綿布・テンペラ/883.5×1452.0cm)
・『アレコ』第4幕 《サンクトペテルブルクの幻想》(1942年/綿布・テンペラ/891.5×1472.5cm)