プレスリリース

「生誕110周年記念 阿部合成展 修羅をこえて~「愛」の画家」の開催について

2020年10月14日

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「生誕110周年記念 阿部合成展 修羅をこえて~「愛」の画家」の開催について

青森市生まれの画家阿部合成(1910-1972)の名は、針生一郎氏による評伝『修羅の画家』(岩波同時代ライブラリー)により、また、戦中の反戦絵画の代表的な作品として有名な『見送る人々』(兵庫県立美術館)の作者として知られています。しかし創作と生活、芸術と社会の狭間で苦闘したその画業の全貌を目にする機会はこれまで少なかったのではないでしょうか。

合成の生誕110年を記念に開催する本展は、青森県立美術館で開催する初の回顧展です。平成から令和にかけて、災害や疫病など、あらたな危機に直面しつつある今、東北と中央、戦争と人間といった日本近代の社会の矛盾に翻弄されながら、苦悩のなかに独自の芸術を追求した阿部合成の芸術の意義を改めて問い直します。

阿部合成展リーフレット

 

 

展覧会概要

展覧会名:生誕110周年記念 阿部合成展 修羅をこえて~「愛」の画家
会  期:2020年11月28日(土)-2021年1月31日(日)
休 館 日:12月14日(月)、12月28日(月)-1月1日(金)、1月12日(火)、25日(月)
開館時間:9:30-17:00 *入館は閉館の30分前まで
観 覧 料:一般1,500円(1,300円)、高大生1,000円(800円)、小中学生無料
※( )内は20名以上の団体料金
※障がい者手帳をご提示の方とその付添者1名は無料
※コレクション展観覧料は含まれません

展示の見どころ

1 阿部合成の油彩作品を約200点展示。青森県立美術館が所蔵する約140点を中心に、1960年、1964年のメキシコ滞在期に制作された作品も含め、初期から絶筆まで、画家の全貌を紹介する過去最大の回顧展となります。

2 戦時中、阿部合成が反戦的な画家とみなされることとなった、代表作『見送る人々』(1938)を兵庫県立美術館から借用して展示するほか、県内外の美術館・博物館・個人の所蔵する作品など、過去の県内の阿部合成展では紹介されなかった傑作も紹介します。

3 太宰治の親友だった阿部合成が、太宰の著書を装丁した装丁本、太宰の死後1965年に金木芦野公園に建立した太宰治碑の準備デッサンなど、文学にも造詣が深かった合成が手がけた装丁本・挿絵等や、素描・スケッチブックなどを展示し、画家の多様な才能と制作の背景に迫ります。

4 同時期開催のコレクション展「危機の中の芸術家たち」では、合成が野辺地中学時代に指導した彫刻家の小坂圭二や、シベリアからの帰国直後に絵画の指導をした彫刻家・特撮美術監督の成田亨の作品など、阿部合成を師として慕った芸術家の作品も展示し、画家阿部合成が残した影響についても紹介します。

阿部合成(あべ・ごうせい 1910-1972)

1910年9月14日青森県南津軽郡浪岡村(現青森市)生まれ。旧制青森中学では太宰治と同級生であり、以来友人となる。1928年京都絵画専門学校日本画科に入学。1934年、青森に戻り野辺地小学校、野辺地中学校に嘱託教員として勤める。この頃従兄弟の常田健と美術グループ「グレル家」を結成し油彩を本格的に始める。1936年上京。1938年、「見送る人々」が二科展に初入選するも、アルゼンチン駐在公使の糾弾によって反戦絵画の烙印を押される。1943年、招集を受け、満州を転戦。 敗戦後シベリアで2年間抑留生活を送り、1947(昭和22)年帰国。1949年、青森市の明の星高校に就職。1952年再上京。1959(昭和34)年メキシコを訪れ、翌年メキシコ国立近代美術館で個展。1964(昭和39)年再びメキシコで個展。1965年、金木町芦野公園に太宰治碑を制作。1968年、シルクロードを旅行。1972年6月18日、ガンにより死亡。