会期:2009年4月8日 (水) - 2009年6月28日 (日)

展示の見どころ

平成21年度コレクション展は1年を大きく前期と後期にわけ、それぞれにテーマを設けて構成します。年間のテーマは「笑い」と「祈り」。桜やねぶたまつりなど、華やかで陽気な季節である春から夏、思いを深め、雪のなかで静かに春をまつ秋から冬にかけてと、季節の特徴と変化が鮮やかな青森の風土の中で育まれた芸術の二つの側面を軸に展示を構成していきます。
春の特集テーマは「ユーモアと祝祭」。あふれる生命力を独特のユーモアと共に表現した棟方志功に代表されるように、「笑い」は華やかな祝祭としての芸術の重要な要素でもあります。
「笑いと前衛」のコーナーでは、さまざまな「笑い」を武器に新しい世界を切り開いた1960年代を中心とする現代美術の作家達の作品を中心に展示します。「諷刺と諧謔」「ウィットとエスプリ」「発想の妙」の3つのコーナーで、現代を生きる作家の生き生きした精神の表現を感じてください。  
また、文学者や芸術家、あるいは家族などを、単に顔を似せるだけでなく、その作品や性格の特徴を踏まえた機知にあふれる表現で描いた関野凖一郎の版画による肖像画を展示します。「似顔と肖像」と題されたこのコーナーでは、ある時は一瞬の表情をとらえたスナップショットのように、またあるときはユーモアにあふれた似顔絵のように表現された版画による人物像をご覧ください。
このほか、棟方志功、石井康治、奈良美智、寺山修司の作品等もあわせて展示します。

展示室P / Q | 似顔と肖像
Likeness and Portrait

関野凖一郎 (せきの・じゅんいちろう) は数多くの版画による人物像を制作しました。夫人と二人の息子、一人の娘の、愛情にあふれた肖像は、さまざまな装いで、時にはペットの動物たちと共に繰り返し描かれています。また、師であった今純三、恩地孝四郎、友人の棟方志功の三人の版画家は、それぞれのアトリエや作品をあしらって描かれています。また、関野は書物の装幀などを通じ数多くの文学者とも交友がありました。実際に面識のあった作家、面識はなくとも尊敬をしていた作家など、それぞれの性格をうかがわせる表現となっています。また、文楽や歌舞伎、あるいは力士など、舞台や勝負の緊迫感を感じさせる肖像画は、すぐれた写真家のスナップショットを思わせますが、絵画ならではの誇張や構図などによる説得力のある表現は、浮世絵の伝統を今に蘇らせているものといえるでしょう。

  画像:関野凖一郎『恩地孝四郎像』
  関野凖一郎『恩地孝四郎像』、1952年、紙・多色木版

展示室 K |笑う前衛1-諷刺と諧謔
Laughing Avant-Garde1 : Satire and Joke

前衛美術において「笑い」は、時代を冷静に見つめる作家の視点、つまり社会批判の一つの手段として用いられることが多いように思います。風刺的かつ皮肉的で、深い恐ろしさをたたえた「笑い」と言えましょう。
江戸の戯作を引き合いに出すまでもなく、時代に対する反抗や既成の権威を否定しようとするとき、「笑い」は有効な武器となります。本コーナーでは、そうした「時代性」と密接に結びついた「笑い」の表現を紹介します。
それぞれの時代背景を考慮に入れながら作品と接した時、「笑い」、そして「前衛」の意味が明らかになるのではないでしょうか。
(展示作家:池田龍雄、岡本信治郎、高山良策、立石紘一、豊島弘尚、中村宏、針生鎮郎、松本英一郎)

展示室 I | 笑う前衛2-ウィットとエスプリ
Laughing Avant-Garde2 : Wit and Espirt

ある一つの事柄や思想を直接的に表現するのではなく、鑑賞者が「考えること」で本質が明らかになる作品があります。さらには良識や教訓といった「正論」を披瀝するのではなく、物事を別の角度から眺めてみることで、当たり前と思われていることを否定したり、新しい考え方を我々に提示する作品も数多く存在します。このコーナーでは、そうした機知とユーモアに富んだ発想によって制作された、我々の常識に揺さぶりをかけてくる作品を紹介します。
(展示作家:秋山祐徳太子、磯辺行久、工藤哲巳、斎藤義重、篠原有司男、吉野辰海、アルマン)

展示室 H | 笑う前衛3-発想の妙
Laughin Avant-Garde 3 : Conceit

このコーナーでは斬新な発想を持つ作品を紹介いたします。いずれも着想の意外さと、そのモチーフを分析する鋭い観察眼が冴える作品の数々です。「表現」という手段が持つ無限の可能性を、お楽しみください。
(展示作家:今井俊満、高松次郎、成田亨、前田常作、ヴィト・アコンチ、メル・ラモス)

その他常設展示

棟方志功展示室 | 板画に「遊ぶ」-棟方志功の板画業
Reaching the stage of play-Munakata Shiko’s Woodprints

民芸運動の指導者、柳宗悦に見出され教えを受けた棟方の板画制作の根底には、つねに「他力による美」、「無心の美」という民芸の思想がありました。他力による板画を追求するうち、棟方は晩年になって「仕業が、遊べるところまで行かなければ、ならない」という考えに至ります。無心に、遊びの境地に達してこそ他力による板画が生まれてくるのであり、板画という大きな世界に遊ぶことが棟方の理想とする板画業でした。
代表作《二菩薩釈迦十大弟子》は、興福寺の須菩提を見てインスピレーションを得て制作したもので、十人の仏弟子は「利口者とか智慧者とかいった考でなく、仏に近づきつつある人間の姿を描いた」といい、荘厳さのなかにも、どこか人間味のある表情をしています。布置により黒白絶対的世界をなしたこの作品にもまた、棟方の自由な精神の一端がうかがえるでしょう。
そのほかにも、《羽根つきの柵》など様々なポーズの女性を描いた一連の女人図や、《夜長共の柵》など動物を描いた作品、小説の挿絵として制作された《瘋癲老人日記板画屏風》に描かれた滑稽な登場人物の姿、晩年に数多く制作された大小さまざまの自画像には、思わず笑みがこぼれるような楽しさがあり、板画に遊びたいという棟方の思いがにじみ出ているかのようです。
また、板画だけでなく倭画においても、《虎猫図》や《青森ねぶた図》、《青森山之神図》など、筆を自由に走らせ、躍動感のあふれる姿で描いています。
このたびの展示では、「板画に遊ぶ」ことを理想とした棟方の作品に描かれたさまざまな表情を紹介します。

展示室L | 石井康治:詩・季・彩 - 豊饒と静謐 -
ISHII Koji : "Shi-Ki-Sai (Poem - Season - Colour) " ― Fecundity and Tranquility ―

1946年千葉県に生まれた石井康治 (いしい・こうじ) は、東京芸術大学卒業後、ガラス工芸作家として活動を始め、1991年には三内丸山に念願の工房「石井グラススタジオ青森工房」を開設。1996年11月19日、青森で急逝するまで、青森の自然は彼の創作の源泉となりました。
石井康治は「色ガラスを用いて自分のイメージを詩のような感じで作りたい」と語り、こよなく青森を愛し、青森の地で制作し、青森を表現し作品に留めようとした作家でした。
生前、「青森で作った作品を、青森の人たちに見てもらえるスペースを作りたい」と作家本人が語っていた志を御遺族が承け、150点余の作品が当館に寄託されています。
その石井コレクションの中から、40点を2期に分け紹介します。前期は「豊饒」をテーマに、弘前の桜をイメージした華麗な彩花文シリーズ、後期は「静謐」をテーマに、さまざまな技法を用い、内なる詩想を形に表した作品を中心に紹介します。

展示室M | 日本画の癒し
Healing of Japanese-style Painting

日本画はその画材の特質から、詩情豊かな、たおやかな表現を得意としています。
また草花や小動物など、小さな、はかなきものに対する愛情を繊細な感覚で描写する作品も古来より数多く残されています。
野澤如洋、蔦谷龍岬、高橋竹年、須藤尚義の作品から、時にユーモラスでもあり、時に我々の気持ちをやさしくしてくれる、そうした癒しの日本画を紹介いたします。

展示室F | 奈良美智:インスタレーション
Installation by NARA Yoshitomo

青森県弘前市出身の奈良美智 (なら・よしとも) は、弘前市の高校を卒業後、東京と名古屋の大学で本格的に美術を学び、1980年代半ばから絵画や立体作品、ドローイングなど、精力的に発表を続けてきました。青森県立美術館は、1997年から奈良美智作品の収集をはじめ、現在その数は150点を越えます。
《Hula Hula Garden》と《ニュー・ソウルハウス》という2点のインスタレーション (空間設置作品) を中心に、奈良美智の世界をご紹介します。

展示室G | 寺山修司:寺山修司と青森県
TERAYAMA Shuji:TERAYAMA Shuji and Aomori

寺山修司(てらやま・しゅうじ) が、中学校、高校時代、その編集に携わった学校新聞や文芸雑誌等の資料を中心に紹介し、青森における青年期の寺山の足跡を振り返ります。

寺山修司が後年、自身で書き記した自らの出生地については、弘前市、三沢市、五所川原市などがある。
寺山修司がなぜこのように自らの出生地を青森県の様々な地にしたのか?その心情はさだかではないが、そのヒントは著書『誰か故郷を想はざる―自叙伝らしくなく』に述べられている。

私は1935年12月10日に青森県の北海岸の小駅で生まれた。しかし戸籍上では翌36年の1月10日に生まれたことになっている。この20日間のアリバイについて聞き糾すと、私の母は「おまえは走っている汽車の中で生まれたから、出生地があいまいなのだ」と冗談めかして言うのだった。 (略) 私は「走っている汽車の中で生まれた」という個人的な伝説にひどく執着するようになっていた―

実際に寺山修司が生まれた地は、警官だった父・八郎が勤務していた「弘前市」というのが現在の定説になっている。
その後父の転勤にともなって少年・寺山修司は、五所川原 - 浪岡 - 青森 - 八戸 - 再び青森市と、めまぐるしく青森県内を転々とする。
そして昭和20年7月28日の青森空襲によって焼け出され、父の故郷・三沢 (古間木) へ。さらにその後、母が九州へ働きに行くことになり、母の親戚が住む青森市に身を寄せる。中学2年の時だった。この青森市で高校3年までをすごし、早稲田大学進学にともなって上京。少年期に別れをつげるのである。
(企画・展示:テラヤマ・ワールド)

展示室N | 特別史跡 三内丸山遺跡出土の重要文化財

縄文の表現
特別史跡三内丸山遺跡は我が国を代表する縄文時代の拠点的な集落跡です。縄文時代前期中頃から中期終末 (約5500年前-4000年前) にかけて長期間にわたって定住生活が営まれました。これまでの発掘調査によって、住居、墓、道路、貯蔵穴集落を構成する各種の遺構や多彩な遺物が発見され、当時の環境や集落の様子などが明らかとなりました。また、他地域との交流、交易を物語るヒスイや黒曜石の出土、DNA分析によるクリの栽培化などが明らかになるなど、数多くの発見がこれまでの縄文文化のイメージを大きく変えました。遺跡では現在も発掘調査がおこなわれており、更なる解明が進められています。
一方、土器や土偶などの出土品の数々は、美術表現としても重要な意味を持っています。当時の人々が抱いていた生命観や美意識、そして造形や表現に対する考え方など、縄文遺物が放つエネルギーは数千年の時を隔てた今もなお衰えず、私達を魅了し続けています。
青森県立美術館では国指定重要文化財の出土品の一部を展示し、三内丸山遺跡の豊かな文化の一端を紹介します。縄文の表現をさまざまな美術表現とあわせてご覧いただくことにより、人間の根源的な表現について考えていただければ幸いです。

アレコホール | マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の背景画

青森県は1994年に、20世紀を代表する画家、マルク・シャガール (1887-1985) が制作した全4幕から成るバレエ「アレコ」の舞台背景画中、第1幕、第2幕、第4幕を収集しました。
ユダヤ人のシャガールは1941年、ナチの迫害から逃れるためにアメリカへ亡命します。バレエ「アレコ」の舞台美術は、画家がこの新大陸の地で手がけた初の大仕事でした。
1942年に初演をむかえたバレエ「アレコ」の振付を担当したのは、ロシア人ダンサーで、バレエ・リュスで活躍したレオニード・マシーン。音楽には、ピョートル・チャイコフスキーによるイ短調ピアノ三重奏曲をオーケストラ用に編曲したものが用いられ、ストーリーはアレクサンドル・プーシキンの叙情詩『ジプシー』を原作としていました。
シャガールは祖国ロシアの文化の粋を結集したこの企画に夢中になり、たくましい想像力と類いまれな色彩感覚によって、魅力あふれる舞台に仕上げたのです。

作品名 制作年 材質技法 寸法 (cm)
『アレコ』第1幕 《月光のアレコとゼンフィラ》 1942年 綿布・テンペラ 887.8×1472.5
『アレコ』第2幕 《カーニヴァル》 1942年 綿布・テンペラ 883.5×1452.0
『アレコ』第4幕 《サンクトペテルブルクの幻想》 1942年 綿布・テンペラ 891.5×1472.5
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