2012年4月7日(土) - 6月3日(日)
常設展

展示の見どころ

「フィンランドのくらしとデザイン」展関連企画として、当館のV.Iを担当するアートディレクター・菊地敦己、当館フロアスタッフのユニフォームをデザインしたミナ ペルホネンの仕事をそれぞれ紹介する小企画展示をおこなうほか、石井康治のガラス作品や成田亨の怪獣デザイン原画、ふるさとの四季を描いた棟方志功の作品などを特集で紹介します。


菊地敦己「PLAY」


撮影:L.A.Tomari
私たちと私 ミナ ペルホネンの仕事

各展示室紹介

  • 棟方志功展示室 | ふるさとの四季
  • 展示室MN | 石井康治 光と風の詩・季・彩
  • 展示室PQ | 菊地敦己 PLAY
  • 展示室O | 私たちと私 ミナペルホネンの仕事
  • 展示室G | 成田亨 怪獣デザインの美学
  • 展示室F | 奈良美智 インスタレーション
  • アレコホール | マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の背景画

  • 棟方志功展示室|ふるさとの四季

    生まれ育った青森市の八甲田連峰や津軽の岩木山、十和田の奥入瀬渓流など、棟方志功(1903-1975)は故郷の美しい風景を作品に描き表しました。21歳で上京し東京で生活した棟方にとって故郷青森はいつも心の拠り所となっていました。随筆にも故郷に対する想いを亡き父母の思い出とともに繰り返し綴っています。ふるさとの山は豪快な父を、海は深い愛を注いでくれた母の姿を思わせたのでしょう。また、大好きなねぶた祭りをはじめ県内各地の風物も生き生きと描いています。
    棟方にとって青森時代は「わだばゴッホになる」と画家を志した出発点でした。1956年第2回ヴェネツィア・ビエンナーレにて《二菩薩釈迦十大弟子》などの作品がグランプリを受賞し、板画で世界の頂点に立った棟方は晩年自らの来し方を振り返るように故郷をテーマにした作品を多数制作しています。
    新たに当館に寄託された作品を含め風景図を中心に、棟方が想いを込めて描いた作品を紹介します。
    (展示構成:棟方志功記念館)

    展示室M,N | 石井康治 光と風の詩・季・彩

    石井康治(1946-1996)は青森の自然を愛し、光と風が織りなす北国の四季を彩り豊かなガラスによって作品にうつし取りました。
    「色ガラスを用いて自分のイメージを詩のような感じで作りたい」と語っていた石井の創作は、ドローイングやデッサンなどで自然を写生することからはじまります。そして工房で熱したガラスを中空の棹に巻き取り、息を吹き込んで膨らませ、そこに選び抜いた色彩を溶着させ、最終的なかたちを作る。繊細な感性と優れた造形感覚、そして確かな手の技に裏打ちされつつ、自然との対話、ガラスという素材との対話から生まれた作品は、それぞれが一編の詩のように石井康治の世界へと私たちを誘います。
    「青森で作った作品を、青森の人たちに見てもらえるスペースを作りたい」という石井の遺志を受けて、現在、170 点余の作品がご遺族から青森県立美術館に寄託されています。今回はそのなかから、青森の自然が最も華やぎ、やがて爽やかな季節へとうつろう春から初夏にふさわしい作品を中心にご紹介します。
    ※桜の季節から新緑の季節に合わせて、一部展示替を行います。

    展示室P,Q |菊地敦己 PLAY

    青森県立美術館のVI(ヴィジュアルアイデンティティー)計画を担当するアートディレクター/グラフィックデザイナーの菊地敦己(1974- )の作品の中から約50点を紹介します。
    武蔵野美術大学在学中より、作品制作と並行してデザインの仕事を開始した菊地敦己は、大学中退後、若手美術家達によるアーティスト・ラン・スペース「スタジオ食堂」のプロデュースに携わった後、2000年にデザイン事務所「ブルーマーク」を設立、企業のブランディングをはじめ、数々のグラフィックワークを手がける一方で、出版活動や自社プロダクトの開発、飲食店経営等幅広い活動を展開していきました。
    今回の展示は、ファッションブランド『minä perhonen』、『sally scott』のために制作されたグラフィックワークの他、新しい印刷表現等を試みた実験的作品、2009年に当館で開催された展覧会「ラブラブショー」出品作などを用いたインスタレーションから構成されます。

    展示室O | ミナ ペルホネン 私たちと私 minä perhonenの仕事

    デザイナー・皆川 明(1967- )により設立されたファッションブランド。ブランド名は、デザイナーがスカンジナビアへの旅を重ねる中で、そのライフスタイルやカルチャーに共鳴するというフィンランドの言葉から取り、「minä」は「私」、「perhonen」は「ちょうちょ」を意味する言葉。「蝶の、軽やかな美しさを私たちのデザインも持ち続けたいという気持ちと、そして蝶の種類が無数に存在するように、私たちのデザインが無数に広がり羽ばたいていくことを願って」つけられました。「特別な日常服」をコンセプトに、ブランド設立当初より一貫してテキスタイルをオリジナルでデザインし、織りやプリント、刺しゅうで表現。国内外の職人や工場との緊密な連携によって生み出されるクオリティの高い「ものづくり」においても高く評価されています。近年は家具やうつわなどの生活デザインもオリジナルプロダクトとして発表するなど独自性の高い取り組みを行っています。
    青森県立美術館では、2009年にフロアスタッフのユニフォームをリニューアルするにあたり、ミナ ペルホネンにデザインを依頼しました。美術館カラーのスモッグタイプのワンピースに、定番柄の「tambourine」(2000 年)や「choucho」(2002年)の刺繍が施されたそのデザインは以来、美術館の建物やサインとともに青森県立美術館の魅力の一つとして、多くの来館者に愛されています。
    今回の展示では、これまでに発表されたテキスタイルや洋服とともに、ミナ ペルホネンの「ものづくり」に携わるさまざまな作り手の写真を展示することにより、ミナ ペルホネンの仕事の一端を紹介します。

    展示室G | 成田亨 怪獣デザインの美学

    成田亨(1929-2002)は、「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」という初期ウルトラシリーズのヒーロー、怪獣、宇宙人、メカをデザインし、日本の戦後文化に大きな影響を与えた彫刻家兼特撮美術監督です。美術家としての高い感性によってデザインされたヒーロー、怪獣は、モダンアートの成果をはじめ、文化遺産や自然界に存在する動植物を引用して生み出される形のおもしろさが特徴です。誰もが見覚えのあるモチーフを引用しつつ、そこから「フォルムの意外性」を打ち出していくというその一貫した手法からは成田の揺らぐことのない芸術的信念が読みとれるでしょう。

    展示室F | 奈良美智 インスタレーション

    青森県弘前市出身の奈良美智(1959- )は、弘前市の高校を卒業後、東京と名古屋の大学で本格的に美術を学び、1980年代半ばから絵画や立体作品、ドローイングなど、精力的に発表を続けてきました。青森県立美術館は、1997年から奈良美智作品の収集をはじめ、現在その数は150点を越えます。
    《Hula Hula Garden》と《ニュー・ソウルハウス》という2点のインスタレーション (空間設置作品) を中心に、奈良美智の世界をご紹介します。

    そのほか、レストランやミュージアムショップの裏側に位置する野外のスペースで、奈良美智のコミッションワーク『八角堂』をご覧いただけます。八角堂のお堂の中に、《Shallow Puddles Ⅰ/浅い水たまり Ⅰ》 (2004年) と題された6点の皿場の絵がひっそりと収められています。礼拝堂を想わせる神秘的な空間をお楽しみ下さい。
    *美術館本体の開館と同じ時間帯に、無料でご入場いただくことができます。

    アレコホール | マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の背景画

    青森県は1994年に、20世紀を代表する画家、マルク・シャガール (1887-1985) が制作した全4幕から成るバレエ「アレコ」の舞台背景画中、第1幕、第2幕、第4幕を収集しました。
    ユダヤ人のシャガールは1941年、ナチの迫害から逃れるためにアメリカへ亡命します。バレエ「アレコ」の舞台美術は、画家がこの新大陸の地で手がけた初の大仕事でした。
    1942年に初演をむかえたバレエ「アレコ」の振付を担当したのは、ロシア人ダンサーで、バレエ・リュスで活躍したレオニード・マシーン。音楽には、ピョートル・チャイコフスキーによるイ短調ピアノ三重奏曲をオーケストラ用に編曲したものが用いられ、ストーリーはアレクサンドル・プーシキンの叙情詩『ジプシー』を原作としていました。
    シャガールは祖国ロシアの文化の粋を結集したこの企画に夢中になり、たくましい想像力と類いまれな色彩感覚によって、魅力あふれる舞台に仕上げたのです。
    作品名 制作年 材質技法 寸法 (cm)
    『アレコ』第1幕 《月光のアレコとゼンフィラ》 1942年 綿布・テンペラ 887.8×1472.5
    『アレコ』第2幕 《カーニヴァル》 1942年 綿布・テンペラ 883.5×1452.0
    『アレコ』第4幕 《サンクトペテルブルクの幻想》 1942年 綿布・テンペラ 891.5×1472.5