会期:10月15日(土) - 12月11日(日)

展示のみどころ

2011年秋のコレクション展では、「縄文/創造の原点から」と題し近現代の芸術家たちの造形表現に縄文の精神との共鳴をみながら、創造の原点と芸術の役割について考えます。その他、「今和次郎 採集講義」関連企画や、×Aプロジェクトでは十和田市出身の現代美術家・中野渡尉隆のインスタレーションを展示します。

「両妃散華の柵」
「両妃散華の柵」
1951年(1963摺)
棟方志功記念館蔵
金沢健一《音のかけら8》
金沢健一《音のかけら8》
1998 鉄 作家蔵
撮影:谷岡康則
小野忠弘《ハロー光琳》
小野忠弘《ハロー光琳》
1986年
182.0×91.0 ミクストメディア


各展示室紹介


【特集】縄文/創造の原点から

国内最大の縄文遺跡、三内丸山遺跡に隣接する青森県立美術館は、縄文という芸術の原点を見つめ、今日の芸術を問うための、理想的なロケーションにあります。棟方志功や戦後の前衛芸術家である工藤哲巳や小野忠弘など青森県ゆかりの作家から、現在活躍する彫刻家・金沢健一にいたるまで、近現代の芸術家たちの造形表現に縄文の精神との共鳴をみながら、創造の原点と芸術の役割について考えます。


棟方志功展示室 | 棟方板画の世界-原始の生命

棟方志功は、舞い踊る神仏や天女の姿を大画面いっぱいに描き表し、数々の大作を生み出しました。躍動感あふれる作風には原始のエネルギーが感じられます。
代表作《湧然する女者達々》(1953年)は、経典の世界を6人の裸婦の姿で表現した作品ですが、裸婦たちは大胆に胸が誇張され、土偶を思わせるようなどっしりとした重量感ある姿態で表現されており、生命力に満ちあふれています。また、《両妃散華の柵》(1951年)では、縄文土器を思わせるような装飾性に富んだ文様が彫り込まれ、力強い原始の美が感じられます。
棟方は「木の魂を生み出したい」、「板の声を聞く」として、自身の作品を「版画」ではなく「板画」と呼び表しました。絵を版画にするのではなく、板から絵を生み出したのです。あふれる生命力を表現し続けた棟方の芸業に太古の美の系譜を探ります。

展示室H | 音に触れる-原初の響きとその形-

鉄の溶断という最小限の加工による素材感を活かした造形表現で知られる金沢健一は、視覚的な造形性と音とを根源的に結びつける彫刻作品を手がけてきました。
鉄板を不規則に溶断し、ひび割れが生じたかのような形状を見せる〈音のかけら〉のシリーズや鉄板を振動させることにより生じる音の痕跡を見ることのできる〈振動態〉のシリーズを紹介しながら、金沢の鉄を素材とする音と形の原初的な響きや造形の中に、縄文時代の精神世界との共鳴を見出します。

展示室J | 物と大地の魂 ~小野忠明・忠弘

弘前市出身の小野忠弘は廃品を利用したジャンク・アートの第一人者として、ヴェネツィア・ビエンナーレに出品するなど、世界的にも高く評価された前衛のアーティストです。福井県の三国町に居を定め、教鞭をとるかたわら、古美術や考古学にも造詣が深く、同地の文化財審議委員などもつとめていました。
小野忠弘の兄の小野忠明もまたアーティストであると共に、考古学者として様々な発掘に携わりました。青森市に居をさだめた戦後は、この美術館の周辺の近野遺跡の発掘調査などにも携わっていますが、戦前は、当時日本の併合下にあった朝鮮半島で発掘調査に取り組んでいました。高句麗壁画などの発掘の経験は、戦後の抽象的な版画作品の地を思わせるような独自の色彩などに反映しています。
ともに考古学を愛した兄弟が大地に見出した魂の表現を18点の作品で紹介します。

展示室K | 儀礼としての身体 ~工藤哲巳と縄文

工藤哲巳は五所川原出身の画家工藤正義の長男として生まれ、戦後の日本美術に新しい流れをつくった「反芸術」のホープとして活躍しました。
工藤は晩年、自身のルーツとしての津軽にこだわり、縄文をテーマとした作品も制作していますが、初期の作品から一貫してみられる土俗性、装飾性と、グロテスクな表現の奥に感じられる、宗教的と思える透徹した精神性には、彼の中の縄文の遺伝子の存在を強く感じさせます。工藤の約15点の代表作がならぶ空間に、三内丸山遺跡からの出土品を点在させながら、その類縁性を浮彫にします。

展示室L | 森とカオスの使者たち ~成田亨と高山良策

戦後の日本文化が生み出したユニークな造形表現である成田亨のウルトラ怪獣たちは、「コスモス(秩序)」を体現するヒーロー、ウルトラマンと対比され、より荒々しく原初の力にみちた「カオス(混沌)」を体現する存在としてデザインされました。成田は後に中央の権力におわれた「まつろわぬもの」としての鬼の研究に没頭していきます。
また、成田のデザインを着ぐるみとして立体化したシュルレアリスムの画家、高山良策は、特撮怪獣の仕事を手がけて以降、異形の人物や事物が登場するSF的な作品を描いていますが、いくつかの作品では縄文をテーマにし、森の中、太古の儀礼を行う異形の集団として描いています。
戦後、経済が復興し、発展とともに、社会が急速に変貌していく中で、縄文の造形がかきたてた様々な夢想は、物質文明へのアンチテーゼであり、また失われていく野性への郷愁として、成田や高山の造形に影響をあたえているのではないでしょうか。
成田亨の20点の怪獣デザイン画と高山良策の2点の油彩画を三内丸山遺跡からの出土品とともに展示します。


[小企画1] 今和次郎展関連企画

展示室M, N | 林丈二「採集放屁」

マンホールの蓋や狛犬の尾のデザイン研究から切符のパンチ屑、靴底に挟まった小石の収集まで、林丈二が町の中で発見し、収集・研究してきた成果を実際のモノや写真、イラスト等で紹介する林丈二的“現代版”考現学展。


[小企画2] ×Aプロジェクト

展示室P, Q | 中野渡尉隆 「星・雪・水蒸気」

現代社会に対する高い批評性をもつ逆走バイク「パイドロス」(1994)で知られる十和田市出身の現代美術家・中野渡尉隆(やすたか)。 水を用いて画面に複雑なマチエールを作る2010年のシリーズ『WATER DROPLETS』と最新作の絵画によるインスタレーション『星・雪・水蒸気』を展示します。


その他常設展示

アレコホール | マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の背景画

青森県は1994年に、20世紀を代表する画家、マルク・シャガール (1887 - 1985) が制作した全4幕から成るバレエ「アレコ」の舞台背景画中、第1幕、第2幕、第4幕を収集しました。
ユダヤ人のシャガールは1941年、ナチの迫害から逃れるためにアメリカへ亡命します。バレエ「アレコ」の舞台美術は、画家がこの新大陸の地で手がけた初の大仕事でした。
1942年に初演をむかえたバレエ「アレコ」の振付を担当したのは、ロシア人ダンサーで、バレエ・リュスで活躍したレオニード・マシーン。音楽には、ピョートル・チャイコフスキーによるイ短調ピアノ三重奏曲をオーケストラ用に編曲したものが用いられ、ストーリーはアレクサンドル・プーシキンの叙情詩『ジプシー』を原作としていました。
シャガールは祖国ロシアの文化の粋を結集したこの企画に夢中になり、たくましい想像力と類いまれな色彩感覚によって、魅力あふれる舞台に仕上げたのです。

展示室F | 奈良美智:インスタレーション

青森県弘前市出身の奈良美智 (なら・よしとも) は、弘前市の高校を卒業後、東京と名古屋の大学で本格的に美術を学び、1980年代半ばから絵画や立体作品、ドローイングなど、精力的に発表を続けてきました。青森県立美術館は、1997年から奈良美智作品の収集をはじめ、現在その数は150点を越えます。
『Hula Hula Garden』と『ニュー・ソウルハウス』という2点のインスタレーション (空間設置作品) を中心に、奈良美智の世界をご紹介します。

展示室G | 寺山修司:青少年のための寺山修司入門

寺山修司が活躍した1960~70年代はいわゆるアングラ文化が全盛の時代でした。高度成長によって近代化が急速に進む一方、社会的な構造と人間の精神との間に様々な歪みが生じ、そうした近代資本主義社会の矛盾を告発するかのように権力や体制を批判、従来の価値観を否定していく活動が盛んとなっていったのです。特に寺山は大衆の興味や関心をひきつける術に特異な才能を発揮しました。演劇や実験映画ではそれが顕著で、演劇、映画のあらゆる「約束事」が否定され、感情や欲望を刺激するイメージで覆い尽くされた寺山の斬新な作品は多くの人々を虜にしていきました。
このコーナーでは、寺山が主宰したアングラ文化の象徴とも言うべき「演劇実験室◎天井棧敷」のポスター18点と、豊かなイメージの世界を描いた数々の実験映画を、寺山の片腕として活躍した森崎偏陸による編集によって紹介いたします。

展示室O | リチャード・ロング:白神山地を歩く

ロングは、1997年5月末、世界遺産・白神山地に青森県側から入山し、8日間にわたり単独歩行しました。この「歩行」の中で、フォトワーク『白神山地歩行シリーズ』が生み出されました。「青い森の歩行」、「キャンプ地の石」、「初夏の円環」、「白神の線」、「白神の円環」の5点からなるこのシリーズは、作家自身がそこに存在したことを示すわずかな痕跡を含んだ風景写真と短いテキストから成っています。
白神山地下山後、作家は「白神で自分の存在は地を這う小さな虫のようなはかないものだった」と語ったと伝えられています。あらゆる人為の影響を免れた世界最大のブナの原生林の中に、きわめてひそやかに残された人為の造形。それは、一方で周囲の自然に対する限りない畏敬の念の表れでありながら、他方では、その大いなる自然を前に、はかなく消え入りそうになる自らの存在をつなぎとめようとするささやかな抵抗の表れでもあります。

展示室I | 斎藤義重:思考する板

絵画や彫刻といったジャンル分けを超えた独自の表現を追求した斎藤義重(1904-2001)。 1960年代以降は、電気ドリルを使って合板に線を刻んだ連作を発表することで作品の物質性に重点をおき、1970年代末からは空間を取り込んだ立体作品へと移行していきました。後期作品の重要な素材である板(主にスプルース材)の幾何学的な構成による作品「柵木」を、展示室の空間全体を使ったインスタレーションで紹介します。


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