下記により開催を予定しておりました青森県立美術館開館5周年記念展「青木淳×杉戸洋 はっぱとはらっぱ」は、東日本大震災の影響により、開催中止となりました。

青森県立美術館開館5周年記念展
「青木淳×杉戸洋 はっぱとはらっぱ」
(主催:青木淳×杉戸洋展実行委員会)

会期:2011年4月23日(土)-6月12日(日)
会場:青森県立美術館


展覧会チラシ (PDF / 348KB)

展覧会準備記録

構想

プレスリリース

青木淳×杉戸洋展(仮題)プレスリリースNo.1 (PDF/825KB)
「青木淳×杉戸洋 はっぱとはらっぱ」プレスリリースN0.2 (PDF/1.43MB)

カタログエッセイ

「批評のトライアングルー建築家と画家と美術館と」(塩田純一[前青森県立美術館美術統括監]) (PDF/1.18MB)

※清水穣氏のテキスト中、一部の図版については、掲載者側の都合により画像掲載に替えて、作品所蔵先のホームページをご紹介させていただいておりますので、所蔵品目録などからご参照くださいますようお願い申し上げます。


はじめに

開館5周年という節目を迎える本年、青森県立美術館は、美術館の建築に光をあてた展覧会を開催します。
青森県立美術館の設計者である青木淳と、国内外で注目されてきた画家・杉戸洋。二人のアーティストが、青森県立美術館の空間の魅力を存分に味わってもらうため、建築と美術の垣根をこえて展示を作り上げる、これまでにない趣向の建築展です。

■コンセプト

青木淳と杉戸洋にとって、ひとつの建築もひとつの絵画も、完結することなく、常に少しずつ生まれ変わっていくものです。それらは、いつも、いろいろな可能性に向かってひろがっている「テストピース」なのです。では、今回、青森県立美術館の、どんなフレームのなかに、どんな風景のなかに、どういうつながりを張るのか。それは今後、それぞれの作品を作っていく上での「スタディ」とも言えるものです。


■Q&A

— なぜ、 建築家・青木淳の展覧会?

2000 年、青森県立美術館の設計競技(審査委員長・伊東豊雄)には、400 件近い空前絶後の数の応募案が集まりました。最優秀賞に選ばれたのが、青木淳による案でした。
隣接する三内丸山縄文遺跡の発掘現場に着想を得て設計されたその美術館建築は、収蔵する数々のユニークな美術作品とともに、いまや青森県立美術館の大きな魅力となっています。
開館5 周年という節目を迎える2011年、青森県立美術館はその建築に光を当て、空間の特性を最大限に活かした展覧会を、設計者の青木淳とともに企画することにしました。

— なぜ、「× 杉戸洋」

青森県立美術館自体、青木淳という建築家の作品にほかなりません。でも、この展覧会の目的は空っぽの空間を体験してもらうことではありません。美術館という建築作品は、そこで展覧会が行われることではじめて成り立つもの、と青木淳は考えます。

展示作品を鑑賞することが、青森県立美術館の空間の魅力を味わうことと直結するような展覧会。それを実現するために、青木淳が招いたのが、画家の杉戸洋です。ふたりが仕事を一緒にするのはこれが初めてですが、青木は今まで杉戸の作品を見ながら、あるいはなにげない会話の中で、空間や展覧会について、共有できるヴィジョンを抱いていることを感じていました。
今年に入ってから頻繁な対話を通じて、空間について、作品について、そもそも展覧会とは何かについて、考え続けてきたふたり。その親密なコラボレーションから、今、新たな展覧会のかたちが、そしてもう一つの「青森県立美術館」の姿が立ち現れようとしています。

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展覧会にむけて  実行委員会委員長 鷹山ひばり(青森県立美術館館長)

4年前、照りつける夏の光で眩しかった館の白は、時の流れと共に優美な乳白色へと移り変わってきました。北の縄文の地に凛とした佇まいを見せる青森県立美術館。「もの」も「人間」も刻(とき)を重ねていくことで成熟した美しさを醸しだすことがよくわかります。

青森県立美術館を設計した建築家・青木淳氏は、開館二周年を記念するシンポジウムの場で、美術館の空間のことを「車に例えれば、ファミリーカーではなく、F1の車みたいなもの」と話されています。

そこで開館5周年佳節の年に、このF1マシンの可能性を最大限に発揮する展覧会を開催いたします。青木淳氏と今を時めく若き画家・杉戸洋氏とが、がっぷり四つに組んで実現する“ここでなければあり得ない”展覧会。青森県立美術館という建物を舞台にくり広げられる人間の叡智・夢・ロマンの物語をご堪能いただくことになるでしょう。

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「絵と建物」 建築家・青木淳

この間、杉戸さんのアトリエで、はじめて油絵の絵筆を持ちました。なにかを描こうという意図があってのことではないので、まず一本、線を描いて、その線にどんなことを加えたらいいのか考えて次の一筆入れて、全体を見て、また次にすることを考えて、ということをしていきました。途中、なんとなく電線の風景に見えてきたり、夕日が沈むときのことを思い出したり、細い線を加えると奥行が出るのではないかと思ったり。楽しいものです。でも引いて見て、ちがうなあ、と思って、中断。

東京に帰ってきて、どうやったら「ちがうなあ」ではない絵になるのかと考えて、とりあえず、描きだすきっかけが必要だと思いました。きっかけですから、それ自体には意味がなくても結構。たとえば、アーチ型の連鎖から描きはじめてもいいではないか、と思ったのです。実際、いま、ぼくのところで設計している建物にアーチ型が輻輳するのがあるのですけれど、どんな形の連鎖がいいのか、昨日、模型の上にサインペンで描いてみたばかりなのです。

それで、今日、油絵を描くために最低限必要そうなものを買ってきて、事務所のぼくのスペースにセットしてみました。今、ぼくの机の脇の本棚には、まだ何も描かれていない白いカンバスが架かっています。

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建物と絵」 画家・杉戸洋

1999年、青木さんがこの美術館の設計を始めてた頃、ぼくはアトリエを建てようと思い、三階建てで一階を収納スペース、二階を生活の場、三階をアトリエというシンプルな「箱」をイメージして初めて図面という物をひいてみました。絵で線を描くのとは違い、自分の未来の時空間の線に見えてきて決断出来ず、間取りは住んでみてから考えようと骨と皮だけのような状態で引き渡してもらいました。

今はアトリエ部分を一階に持ってくれば良かったと思ったり、建てた当時は良くても時間とともに生活スタイルも変わっていくのでコツコツ間取りを変更したりして改善しているのですが、アトリエ部分で一つだけこだわっていることがあります。それはアトリエ内に水場を持ち込まないということ。もちろんそばにあれば筆を洗ったり便利であるけど、今まで何度も引っ越しをしてきて、これまでに住んできた建物はなぜか水場が外にしかなかったり、またある家にいた時はタンク持って澤までに汲みに行かないといけなかったり、仕事場から離れた場所にありました。面倒といつも思いながらバケツに水を用意する事が制作を始める前の日課になっていたのですが、ある時水場の整ったスタジオで滞在制作の機会があり、すぐ水が用意出来ていつでも筆を洗えたのですが、絵を描く時の色を変えるタイミングや手順、何かが狂ってしまい、近くにある便利な水道がかえって不自由に感じてしまいました。ですから今でも制作のスタートは二階から水をバケツに汲んでアトリエに入るのがスタンスになってます。

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作家プロフィール

建築家・青木淳


略歴
1956 年横浜市生まれ。82 年東京大学大学院修士課程修了。83~90 年磯崎新アトリエに勤務後,91年に青木淳建築計画事務所を設立。個人住宅をはじめ、公共建築から商業施設まで、多岐にわたる独創的な設計が高い評価を得てきた。

初期の代表作としては、プール施設「遊水館」(1993)、第8 回くまもと景観賞を受賞した「馬見原橋」(1995)、日本建築学会作品賞を受賞した「潟博物館」(1997)がある。

「ルイ・ヴィトン 名古屋栄店」(1999)に始まる、「ルイ・ヴィトン 表参道店」(2002)、「ルイ・ヴィトン ニューヨーク フィフス アヴェニュー 」(2004) など、ファッションブランド「ルイ・ヴィトン」の一連の店舗で取り組んだ設計では、モアレの効果を利用した知性あふれる瀟洒な外装が「ルイ・ヴィトンの顔を変えた」と言われる。
2000 年に行われた青森県立美術館の設計競技では、393 件の応募の中から、最優秀賞に輝いた。青森県立美術館は2005年に竣工、翌年7 月に開館した。

近年では、アートの領域にも活躍の幅を広げ、『現代美術への視点 連続と侵犯』展(2003、国立国際美術館)にアーティストとして参加し、2009年にはTaro Nasu 画廊(東京)で個展『夏休みの植物群』を開催した。また2010年春に竣工した集合住宅「Maison AoAo」(吉祥寺)では、彫刻家・青木野枝の作品を取り入れた設計が、大きな話題をよんだ。現在、「大宮前体育館」のプロジェクトが進行中。

2004 年度芸術選奨文部科学大臣新人賞受賞。

著書・作品集
2000年 『青木淳 Atomospherics』(TOTO 出版)
2004年 『青木淳 JUN AOKI COMPLETE WORKS 1: 1991- 2004』(INAX 出版)
2004年 『原っぱと遊園地』(王国社)
2006年 『青木淳 JUN AOKI COMPLETE WORKS 2 : Aomori Museum of Art』(INAX 出版)
2006年 『青木淳 1991-1999』(彰国社)
2008年 『原っぱと遊園地2』(王国社)

ウェブサイト:http://www.aokijun.com/


画家・杉戸洋


略歴
1970 年名古屋市生まれ。父親の仕事の関係で、4歳から14 歳までの約10 年間をニューヨークで過ごす。帰国後、美術大学への進学をめざし、通っていた予備校で、アルバイトの講師をつとめていた奈良美智と出会う。

入学した愛知県立芸術大学では、近代日本画の線や色彩の美しさにひかれて、日本画を専攻する。91 年に名古屋市で初個展を開催。92年愛知県立芸術大学日本画科卒業。

美術家としての積極的な活動の展開は、90 年代後半に入ってから。小山登美夫ギャラリー(96年~)、ケンジ・タキギャラリー(99年~)などでコンスタントに発表を続け、アメリカやヨーロッパのギャラリーでも個展を重ねている。

98年VOCA 展奨励賞受賞。「既成の表現様式とはまったく無関係に、自己の感性を素朴なかたちで表現し」、「自己固有のイメージ世界をもっている」点が評価された。その翌年、時代と結びついたテーマで同時代のアーティストを紹介し、毎回話題をよぶ東京都現代美術館の「MOT アニュアル」シリーズの第1回、「ひそやかなラディカリズム」展(1999)に出品した。

アクリル絵具や顔料で塗られた淡く繊細な色彩が満たす広大な背景に、身の周りの具体的な物から想を得た極小のモチーフを描き込み、特異なパースペクティブを構築する杉戸の絵画。現実の延長の中に異空間を描き出すことで、絵の新たなありようを提示してきた。近年では、ヴァンジ彫刻庭園美術館(2006)、テキサスのフォートワース美術館で(2006)個展を開催。「第8 回イスタンブールビエンナーレ」(2003)、「第7 回光州ビエンナーレ」(2008)などの国際展に日本を代表するアーティストとして選ばれるとともに、原美術館「ウィンター・ガーデン:日本現代美術におけるマイクロポップ的想像力の展開」(2009)、国立国際美術館「絵画の庭」(2010)など、現代絵画の動向を分析する重要な展覧会に出品作家として名を連ねている。

また、奈良美智との親交から弘前市吉井酒造煉瓦倉庫での「A to Z」展(2006)に参加。二年後には「シャギャーン」というユニット名で、奈良美智との実験的な共同制作による展覧会を開催している(ミサコ& ローゼンギャラリー、2008)。

作品は、東京都現代美術館、愛知県美術館、国立国際美術館などの国内の公立美術館や、サンフランシスコ近代美術館、エッセンのオルブリヒト・コレクションなど、海外の有数の現代美術のコレクションに収められている。

作品集
2004 年 『under the shadow 』(求龍堂)
2007 年 『April Song 』(フォイル)

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