会期:2010年3月25日 (木) - 2010年6月27日 (日)

特集
-花を描く~橋本花、鷹山宇一を中心に (展示室M , P , Q)
-没後20年 工藤哲巳:前衛芸術家の魂 (展示室H , I , J , K , L)


展示のみどころ

2010年、青森県立美術館のコレクション展は、青森の春を感じさせる華やかな展示でスタートします。豊かな自然に囲まれた青森において、春を彩る美しい花々は多くの美術家達にとって格好の題材となりました。花とは、長い冬をのりこえた春の喜びの象徴であり、生命そのものを強く感じさせる存在だったのかもしれません。今回の展示では青森に生まれた4人の美術家が描いた「花」の作品を特集で展示し、各々の作家が「花」に込めた思いをご覧いただきます。
また、「反芸術」の旗手として批判精神に満ちた作品を生涯にわたって発表し続けた世界的な前衛芸術家、工藤哲巳の没後20年を機に、当館の誇る工藤哲巳コレクションを特集で紹介します。


橋本花『春の山道』<br />
橋本花
『春の山道』
1980年 油彩・キャンバス
橋本花『牡丹 (赤) 』
橋本花
『牡丹 (赤) 』
1970年 油彩・キャンバス


各展示室紹介


棟方志功展示室 | 花鳥を描く
MUNAKATA Shiko:The World of Flowers and Birds

棟方志功は様々な自然の風景や動植物を作品に描いていますが、なかでも季節の花を好み、板画や倭画、油絵で色とりどりの花を描いています。棟方の描く花は必ずしも写生によるものではなく、対象を見つめ心の中に咲いた「胸中花」でした。絵でありながら自然の花よりも生き生きと輝く花を追求して描かれました。とくに板画においては対象を簡略化し模様のように描くという独自の表現方法で、装飾性あふれる美しい作品を数多く制作しています。
今回の展示では、色とりどりに咲き誇る花を墨一色で表現した墨画《花図》や、大画面に大きな鷲を描いた迫力ある倭画《鷲栖図》、文字の中に様々な草花を彫り込んだ板画《いろは板画柵》など、花鳥を描いた作品を中心に棟方の多彩な芸業を紹介します。


展示室M,P,Q | 花を描く 橋本花、鷹山宇一を中心に
Flowers : HASHIMOTO Hana and TAKAYAMA Uichi

「津軽では、梅、桃、桜、林檎、梨、すもも、一度にこの頃、花が咲くのである」と太宰治は書いています。雪に閉ざされた長い冬のあと、一斉に様々な花が咲き乱れる青森県の春から夏にかけては、生命のよろこびにあふれた最も美しい季節です。平成22年度最初のコレクション展は、「花」をテーマに描かれた絵画を特集して展示します。
七戸町出身の鷹山宇一 (たかやま・ういち) (1908 - 1999) は、色鮮やかな花や果実などを暗緑色の背景の前におき、静謐で幻想的な作品を描きました。描かれているのは幻想的な風景ですが、鷹山はバラや蝶を描くにあたり、実物をみて膨大な数のデッサンを描き、研究を重ねたといいます。また、絵の表面は、何度も描いては拭き取るという過程を繰り返してマチエールが作り上げられ、硬質の輝きを宿したガラス細工のような、美しさを感じさせます。
一方、青森市生まれの画家、橋本花 (はしもと・はな) (1905 - 1983) は、青森の女性画家の先駆ですが、その名のとおり「花」を得意とし、親密な共感にみちた花々を描いています。現在の女子美術大学に学び、在学中に当時最も権威のあった帝展に入選、同じく帝展入選をめざしていた若き棟方志功らの憧れでもあった花は、晩年浅虫にアトリエをかまえ、身近な自然、なかでも花々を題材に描きました。
今回はこの二人の作品に加え、弘前市出身の日本画家、工藤甲人 (くどう・こうじん) (1915 - ) が花をモチーフとして描いた屏風二点も展示します。


展示室H,I,J,K,L | 没後20年 工藤哲巳:前衛芸術家の魂
KUDO Tetsumi:The Soul of the Avant-Garde Artist, retrospective 20 years after his death

工藤哲巳 (くどう・てつみ) (1935 - 1990) は、少年時代を五所川原市、弘前市で過ごしました。東京芸術大学で学んだ後、当時、前衛的な表現を模索していた若手美術家の活動の場であった「読売アンデパンダン展」を拠点に活躍。1962年にはパリに渡り、以降、帰国するまでの約20年間ヨーロッパを拠点に活動し、鮮烈な色彩の日常的なオブジェクトを用いながら現代社会を痛烈に批判した数々の作品を発表しました。1990年に55才で亡くなりましたが、1994 - 5年には国内で大規模な回顧展が、また一昨年にはアメリカにおいて初めて回顧展が開催されるなど、工藤哲巳に対する注目はさらに高まっています。
当館では現在、工藤哲巳作品を約70点 (水彩、素描等の資料も含む) 所蔵しており、当館の誇る重要なコレクションとなっています。
今回は工藤哲巳没後20年を機に、工藤哲巳コレクションの中から代表作はもとより、これまで公開される機会の少なかったさまざまな周辺資料も併せて展示し、日本の戦後美術に新しい流れを切り拓いた美術家、工藤哲巳の活動を広く紹介します。


展示室O | 成田亨:怪獣デザインの美学
NARITA Tohl : Aesthetics of Designs of the Monsters

青森県出身の成田亨 (なりた・とおる)(1929 - 2002) が手がけた「ウルトラ」シリーズの怪獣デザイン原画を紹介します。
彫刻家としての感性、芸術家としての資質が反映されたそのデザインは、放映後40年がたつ現在もなお輝きを失っていません。
青森県立美術館では、「ウルトラQ」、「ウルトラマン」、「ウルトラセブン」に登場するヒーローやメカ、怪獣、宇宙人のデザイン原画計189点を平成11年度に一括して収集しています。
今回はその中でも人気のある『ウルトラマンイラスト』、『ウルトラマン初稿』3点、『カネゴン初稿』2点、『キングジョー初稿』等を展示します。


展示室F | 奈良美智:インスタレーション
Installation by NARA Yoshitomo

青森県弘前市出身の奈良美智 (なら・よしとも) は、弘前市の高校を卒業後、東京と名古屋の大学で本格的に美術を学び、1980年代半ばから絵画や立体作品、ドローイングなど、精力的に発表を続けてきました。青森県立美術館は、1997年から奈良美智作品の収集をはじめ、現在その数は150点を越えます。
『Hula Hula Garden』と『ニュー・ソウルハウス』という2点のインスタレーション (空間設置作品) を中心に、奈良美智の世界をご紹介します。


展示室G | 寺山修司:寺山修司幻想写真館 犬神家の人々  ~旧ゴバーズ・弘子コレクションから
TERAYAMA Shuji :FOTOTECA IMAGINARIA

写真家の森山大道、立木義浩、篠山紀信らと写真や映画のコラボレーションを続けていた寺山修司 (てらやま・しゅうじ) (1935 - 1983) は1973年に自らカメラマンとなることを志し、「アラーキー」こと荒木経惟に弟子入り。その後、演劇公演の合間をぬっては写真撮影に取り組み、多くの作品が生み出されていきますが、寺山の写真作品は現実を再現したり、日常から真実を切り取るものではなく、虚構の世界を構築することに重きが置かれています。作品は1975年の写真集『犬神家の人々』にまとめられ、フランスの写真雑誌「ZOOM]にも特集記事が掲載されるなど、大きな反響を呼びました。
さらに外国の古道具屋で売られていた古い絵葉書に興味を覚えた寺山は、自分で撮った写真をハガキ大の紙に焼き付けて退色させ、よごれをシルクスクリーンで印刷し、不思議な手紙文を書きつけ、さらに世界中から集めてきた豪華な切手を貼り、わざわざ特注して作らせたスタンプを押して、手の込んだ偽の絵葉書を制作しました。
やがて「天井棧敷新聞」や、演劇理論誌「地下演劇」の表紙が寺山の写真作品で飾られるようになり、さらには平凡パンチの女優グラビアページの撮影も引き受けるなど、写真家としても旺盛な活動を行っていったのです。
今回の展示ではそうした寺山の撮影した「幻想写真」の数々を公開いたします。

展示協力:三沢市寺山修司記念館株式会社寺山ワールド


展示室N | 特別史跡 三内丸山遺跡出土の重要文化財

縄文の表現
特別史跡三内丸山遺跡は我が国を代表する縄文時代の拠点的な集落跡です。縄文時代前期中頃から中期終末 (約5500年前-4000年前) にかけて長期間にわたって定住生活が営まれました。これまでの発掘調査によって、住居、墓、道路、貯蔵穴集落を構成する各種の遺構や多彩な遺物が発見され、当時の環境や集落の様子などが明らかとなりました。また、他地域との交流、交易を物語るヒスイや黒曜石の出土、DNA分析によるクリの栽培化などが明らかになるなど、数多くの発見がこれまでの縄文文化のイメージを大きく変えました。遺跡では現在も発掘調査がおこなわれており、更なる解明が進められています。
一方、土器や土偶などの出土品の数々は、美術表現としても重要な意味を持っています。当時の人々が抱いていた生命観や美意識、そして造形や表現に対する考え方など、縄文遺物が放つエネルギーは数千年の時を隔てた今もなお衰えず、私達を魅了し続けています。
青森県立美術館では国指定重要文化財の出土品の一部を展示し、三内丸山遺跡の豊かな文化の一端を紹介します。縄文の表現をさまざまな美術表現とあわせてご覧いただくことにより、人間の根源的な表現について考えていただければ幸いです。


アレコホール | マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の背景画
Backdrop of the ballet Aleko for Act 1 , 2 , 4

青森県は1994年に、20世紀を代表する画家、マルク・シャガール (1887-1985) が制作した全4幕から成るバレエ「アレコ」の舞台背景画中、第1幕、第2幕、第4幕を収集しました。
ユダヤ人のシャガールは1941年、ナチの迫害から逃れるためにアメリカへ亡命します。バレエ「アレコ」の舞台美術は、画家がこの新大陸の地で手がけた初の大仕事でした。
1942年に初演をむかえたバレエ「アレコ」の振付を担当したのは、ロシア人ダンサーで、バレエ・リュスで活躍したレオニード・マシーン。音楽には、ピョートル・チャイコフスキーによるイ短調ピアノ三重奏曲をオーケストラ用に編曲したものが用いられ、ストーリーはアレクサンドル・プーシキンの叙情詩『ジプシー』を原作としていました。
シャガールは祖国ロシアの文化の粋を結集したこの企画に夢中になり、たくましい想像力と類いまれな色彩感覚によって、魅力あふれる舞台に仕上げたのです。

作品名 制作年 材質技法 寸法 (cm)
『アレコ』第1幕 《月光のアレコとゼンフィラ》 1942年 綿布・テンペラ 887.8×1472.5
『アレコ』第2幕 《カーニヴァル》 1942年 綿布・テンペラ 883.5×1452.0
『アレコ』第4幕 《サンクトペテルブルクの幻想》 1942年 綿布・テンペラ 891.5×1472.5
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