青森県民演劇

潤色・脚本・演出 長谷川孝治


 「県立美術館で青森県民が参加できる演劇」そう考えた時、真っ先に浮かんできた名前が太宰治と寺山修司だった。どちらの名前も私の青春時代にはあまりいい響きのものではなかった。あまりにも「近く」あまりにも「通俗的」過ぎたのである。
 人は身近にいるものをたやすく憎んだり蔑んだりする。しかも、大抵それには根拠などどこにもないのである。手っ取り早く近くのものを憎んでみる。そうすると、自身の現在が何か保証されたような気になる。「なんだ、あんなもの」と蔑んでみる。自分が蔑んだ対象より少しだけ上位になったように錯覚する。実にかわいいものだが、人はそれで安心して生きているのだ。
 しかし、ある日、その太宰や寺山の名前が特別な名前になる瞬間がある。太宰は「津軽」の最後にこう記す。「私は虚飾を行わなかった。読者をだましはしなかった。さらば読者よ、命あらばまた他日。元気で行こう。絶望するな。では、失敬。」敗戦濃厚な昭和十九年、太宰はこう読者に告げた。ここには彼の正直があり、やせ我慢があり、ひたむきさがある。津軽を旅した最後の言葉が輝くのは、彼の「矜持」以外にはあり得ない。
 寺山の一首「列車にて遠く見ている向日葵は少年のふる帽子のごとし」を読んだ時、私は寺山のスキャンダリズムから脱却した。
 三十九歳で死んだ太宰、四十七歳で死んだ寺山。どちらの年齢をも越えて生き延びた私に、津軽や青森の風景と人はどう映っているのだろうか。これから始まる太宰と寺山を巡る二カ年は、青森県に暮らす人たちと共に「青森県」を考えたり、感じたり、発見したりする旅になるだろう。
 安易さなどはなから思っていない。目と耳をしっかりと開き、そして歩いてみるのだ。

長谷川孝治プロフィール

1978年、 弘前劇場を旗揚げし、以後、ほぼすべての公演で作・演出を担当。青森県を拠点に弘前、東京、そのほか全国各地で公演を行っています。
主な作品に「職員室の午後」(日本劇作家協会優秀新人戯曲賞)、「あの川に遠い窓」(出演:山田辰夫・村田雄浩)、「家には高い木があった」(今年6月に開催されたドイツ・シュトゥットガルト世界演劇祭に出品)等。
なみおか映画祭アソシエイトディレクター、東京芸術大学非常勤講師。青森県文化振興課美術館グループ 舞台芸術総監督。

弘前劇場:青森県南津軽郡浪岡町(2005年3月より青森市に移行)に本拠地および稽古場を置く劇団です。日本では珍しい、国際的に知名度の高い地域劇団(リージョナルシアター)であり、今年の6月にはドイツ・シュトゥットガルト世界演劇祭に参加。また、これからもドイツ、フランスでの公演が予定されています。