青森県立美術館に望む

第5回 河島伸子(同志社大学助教授)

成熟したセクター、その本質的課題

美術館というものは、文化施設の中ではもっとも数も多く、欧米の施設と比較して、少なくとも形式上はそれほど異ならない「成熟した」セクター、と言ってもよいであろう。これに比して、劇場やコンサートホールは、この10年で急激に成長をとげたものの、それ以前は、文化施設としては、驚くほど質の低いものであった。そもそも各地にあった文化会館の類は、多目的ホールとして建設されていたため、どのような種類の公演にとっても中途半端で使いづらいものであった。また運営の専門家が不在で、役所から出向している職員が、特に企画の意図や芸術的判断なしに、単に「パッケージを買って」自主事業公演を時折展開するものの、基本的には貸し館事業であり、発信する文化のない建物でしかなかった。それが、この1990年代を通じ、大きく変化した。第一に演劇なりクラシック音楽に特化した施設が生まれ、建物のつくりとしても高度な専門性を誇るものが生まれた。第二に、マネジメント面においても、芸術面での卓越性を目指すタイプのものや、地域社会とのつながりを重視した活動を展開するところなどが出現してきた。
このように劇的な変化を遂げた文化ホールに比べて、美術館はどうであったろうか。進化を遂げていないという批判的な声もあるようだが、変化が全くなかったとは言えないであろう。例えばこの10年ほどの間に、インタラクティブな展示法、ギャラリー・トーク、美術館ボランティア、アーティスト・イン・レジデンスなどの新しい活動が随分見られるようになった。また館内での活動を美術に限らず、音楽コンサートやパフォーマンス、映画の上映会などを行う美術館も増えてきている。芸術面における多様性と創造性を伸ばす方向と、地域社会・一般の人々へのサービス充実という二つの方向に向けた動きがあったという点、ホールなどと同様の変化を遂げてきたと言える。
しかし本質的課題であるのは、これらの新しい活動が、「とりあえず」のメニューになってしまいがちなことである。すなわち、ボランティア制度やギャラリー・トークもやっています、という形をつくることは、本来は美術と一般の人々との関係を豊かにするための手段であるが、それが目的化しているきらいがある。目的を徹底的に考えないままに形だけ導入しているため、形にも工夫がない場合が大半である。今後生まれる美術館、そして既存の美術館にも、一番期待したいのは、一言で言えば、何か制度をつくることではなく、むしろ何をどのようにしたいのか、徹底的に考えた上でそれに最適な活動を起こしていくことである。以下、具体的には何をしていって欲しいか、三点取り上げる。
第一は、戦略的なマーケティングの考え方を導入することである。マーケティングというと、「営業=モノを売ること」というイメージがあり、美術館のように非営利で芸術を扱う公共の団体にふさわしくない、と考えられがちである。しかし非営利の公共団体であるからこそ、その活動が美術界及び地域社会全体にとって何らかの利益をもたらさなければ、館の存在意義はない。そこでマーケティングの考え方は非常に重要になってくる。ここでいう戦略的マーケティングとは、例えば企画展への入館者数を増やすために派手な広告をうつことを指すのではなく、展覧会とは関係なく美術館を利用する人々なども増やしていき、美術館と人々とのつながりを深めていくことを指す。そのためには、美術館に人々が何を期待しているのか、そこで何を得ているのか、あるいは美術館についてどのようなイメージを持っているのか、などの点につき詳しく調査を行い、美術館との関係において異なるいくつかのグループ特性を理解しなければならない。小さな子どものいる家族はあまり美術館では見かけないとしたら、それはなぜなのか。あるいは美術館を頻繁に利用する人々は、どのようなサービスや企画を求めているのか。要するにそれぞれの顧客の立場にたった自己点検と企画開発が必要なのである。
第二番目には、地域社会からの参加とネットワークを促すような仕組みをつくることである。美術館に学芸員という専門家がいることの意義は大きいのだが、その専門性こそが地域社会とのバリアをつくってしまっているという弊害もある。美術館ボランティアという制度がこれほど普及したのは、暇な人が多い、あるいは単に美術に興味のある人が多いということではなく、「美術に積極的に関わりたい」という思いを持つ人が多いことを示唆する。彼らは何をしたら自分の欲求が満たせるのか、明確な意識を持っているとは限らないが、ボランティア制度の中で決められた単純作業を行ったり創作講座、講演会に出席したりすること以上に、能動的な関わりを模索しつつある。究極的には美術館・展覧会の企画や運営に関わりたい、そこで自らの個性や創造性を発揮したいという気持ちもある。このような人々の存在は美術館スタッフにとっては脅威でもあり、また仕事の負担増につながると見えるかもしれない。しかし、市民やNPOが積極的に関わることにより、常に外部からの情報と新しい空気が入り込み、ともすると内側にこもりがちである美術館が活性化することは間違いない。
第三番目には、「美術館は優れた芸術を市民に紹介する場所である」という施設中心的な考え方を抜け出て、美術館は「芸術と市民の出会いづくりのきっかけを行う触媒的存在」という方向に向かうことである。最近は文化ホールにおいても、お客さんが来るのを待って会場で何か公演を行う形態にとどまらず、ホールが企画した‘出前公演’を学校や病院に届けるという、アウトリーチ活動が始まっている。美術館では、会場の設備や警備面での問題が先に立ち、なかなか‘出前展覧会’はできないと思われがちであろう。しかし、特に現代アートの世界では、作品の形態自体も変化している。今後の美術館は、現代アートにおける思想の進化に合わせ、美術のあり方そのものに挑戦をする、新しい文化施設の役割を模索することこそが必要なのである。


かわしま・のぶこ
同志社大学経済学部・経済研究科助教授、放送大学客員助教授。東京大学教養学部教養学科(国際関係論専攻)卒業後、電通総研研究員、英国ウォーリオック大学文化政策研究センターリサーチフェローを経て、1999年より同志社大学にて、文化政策論及び文化経済を教える。共著に『文化政策学』(有斐閣)、『アーツ・マネージメント』(放送大学教育振興会)、『企業の社会貢献』(日本経済新聞社)、『NPOとは何か』(同)など。ウォーリック大学文化政策研究センター・リサーチアソシエート、文化経済学会〈日本〉理事、日本NPO学会理事、国際文化政策学会学術委員。


esperanza エスペランサ