特集 美術館のコレクション ― 工藤哲巳展をめぐって

talk show & workshops

篠原有司男 vs 秋山祐徳太子(美術家)

トークショー talk show ダイジェスト
日時: 5月4日(土) 13:00〜15:00
会場: ふるさと交流圏民センター オルテンシア 大ホール[五所川原市]

「工藤哲巳とその時代を語る」
東京芸術大学で工藤と同級生であった篠原有司男氏と、工藤と同じ年齢でハプニングなどの表現活動を行ってきた秋山祐徳太子氏が、工藤哲巳とその時代について、熱く語りあいました。

篠原: 工藤も俺も芸大(東京芸術大学)だけど、あの頃の芸大には個性的なやつがいたよなぁ。高松次郎、中西夏之、磯部行久、新宮晋とかね。工藤はあの頃よく喫茶店なんかで絵かいてたよ。

秋山: 芸大時代に工藤は林教室だった。ある日、デッサンの時間に林武がやってきて、彼のデッサンをパーンパーンと描き直しちゃって、工藤はあれでひどく傷ついたらしいね。それ以来しばらく学校行かなかったって。で、その時に彼の中に「反」つまり「アンチ」の精神が芽生えたんだ。

篠原: 芸大時代の工藤の座右の銘は「筆は剣」。絵具が足らないってこともあるけど、少しの絵具で切り込むように、すごい集中力で描くんだ。気合の入り方が違うんだよ。そうでもしないとヨーロッパの連中に切り込めないからね。

秋山: 彼の作品は紐から始まって最後も「縄文」で、縄とか糸。いつもなんか増殖的な紐状のものにこだわってんだよね。「長いものに巻かれる」ってよく言うけど、彼の場合は「長いもので巻いちゃう」って感じだね。攻撃的だからさ。

篠原: とにかくあの頃は全然金がない。一銭も。美術館は東京都美術館だけ。画廊は東京画廊と南画廊の二軒。夢も希望も全然なかったけど、とにかくアカデミズムを打ち破らなきゃっていう意気込みだけはあったね。「読売アンデパンダン」は当時、すごく安い費用で出品できた。だから部屋いっぱい使って、とてつもない作品出してるやつがいっぱいいて、展覧会が終わってもなかなか作品を撤去しないもんだから、結局、美術館の人たちが美術館の裏で出品作を燃やしてんの。でも僕たちもそれで平気だった。

秋山: 「読売アンデパンダン」に工藤が出したパンとタワシを使った作品が強烈に記憶にあるね。僕は「読売アンデパンダン」展応募しなかった。だって工藤とか怖そうじゃない。僕はちょっと距離を置いていたかった。ジェントルマンだから(笑)。

篠原: 「読売アンデパンダン」展の頃は廃物で作ってた。つまり「ジャンクアート」。ニューヨークの「ジャンクアート」の王様はラウシェンバーグで、俺はコカコーラの瓶を使った彼の作品をそのまま真似て作ってみたんだ。人真似だから、すごく無責任に作るんだけど、仕上がった時、なぜかとても爽快感があった。廃物がいかにアートになるかってことにね。工藤もタワシ使ってたよ。俺はコカコーラどまりだけどね。・・・ほら、7分でできちゃった。7分で1点だぜ。

秋山: 工藤も天国で笑ってんだろうな。

篠原: 吹き出してるだろうな。あいつ。

秋山: こういうの見てるとあの時代の感覚思い出すね。

ワークショップ workshops
日時: 5月5日(日) 10:00〜12:00
会場: ふるさと交流圏民センター オルテンシア

■「ボクシングペインティング」 篠原有司男
横に広がる白いキャンヴァスに、墨汁を含ませたボクシンググローブを打ちつけていく「ボクシングペインティング」を、篠原有司男氏がはじめたのは1950年代の終わりのことでした。以来、戦後の日本に噴出した前衛美術のエネルギーを色濃く留めるものとして、篠原氏の代表的なパフォーマンスとなったこの「ボクシングペインティング」が、津軽平野でダイナミックに再現されました。

■「なんでもアート」 秋山祐徳太子
秋山祐徳太子氏は、参加者に好きな材料を持ち寄ってもらい、何でもアートにしてしまうワークショップを行いました。参加者には、篠原氏の3秒似顔絵がプレゼントされました。



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