美術館の思想、着想、そして形−基本設計をめぐって−

まだ見ぬ青森県の美術館

黒岩恭介(青森県美術館整備推進監)

基本設計を矯(た)めつ眇(すが)めつしていると、美術館のダイナミックな構造がイメージされてくる。平面よりも断面系をオリジナル・コンセプトとして主張するこの建築は、これまでにない特質を顕わにしている。それが何であるのかを述べる前に、われわれが、設計にあたって要求したいくつかの点を、まず明らかにしておこう。たとえば作品鑑賞について、選択導線を構想した。つまり鑑賞の順路が一義的に決定されているのではなく、多様な順路を選択可能にするような導線である。また常設展示の重要性を強調する展示室を要求した。もちろんシャガールの大作『アレコ』のための展示空間も要求した。青木案はそのようなわれわれの要求に見事に応えている。
展示室は上下二層に分れて展開しているが、これまでの多くの美術館に見られるように、企画展示室と常設展示室が分断されていない。基本的には下層が企画展示室に当てられているが、中心には『アレコ』の常設展示空間が大きく取られており、その周りを企画展示室が取り囲む配置になっている。そして西北に位置する土の展示室は常設展示空間として使用され、上層の常設各部屋と有機的に連結する構造である。それは、ややもすれば企画展あるいは特別展を目当てに来館する鑑賞者に対して、美術館の命ともいえるパーマネント・コレクションをできる限り眼にする機会を増やしたいという常設重視のコンセプトから来ている。
常設の各室がかなり小さめに区画、配置されていること、また選択導線の導入もまた、常設展示にありがちな単調さを避け、変化に富んだ、展示環境を作りたいというというわれわれの考え方からである。基本的にはワン・ルーム、ワン・アーティストの展示、それが不可能な場合でもできるだけテーマ性を持たせた展示を心がけたいという美術館の方向性を端的に指し示すものである。
さて展示空間に対するこのような配慮は、ひとつには、ホワイト・キューブに対する反省から生まれている。展示空間の中性性をどう克服するかが、この建築の重要な課題だったように思う。今まで美術館の展示室として理想とされたホワイト・キューブは、地塗りを施した白いカンヴァスのような空間として想定された。その空間は、壁掛けであれ、床置きであれ、あらゆる種類のアートを「図」として効果的に浮き立たせる、特性のない「地」としての役割を担っていた。しかし、話はそれだけではすまない。アートに本来備わっている毒気、あるいは問題提起、あるいは時代や社会との関わり、等々を、ホワイト・キューブは、中性化あるいは蒸留してしまう傾向にあるのではないか。それは展示室の問題ではなく、制度としての美術館そのものに関わる問題かもしれないけれど。
さて美術館の中のそのような制度化された空間を、いかに現実世界に開くか、あるいは人々の生活の場としていかに機能させるかという、本当に実現することの困難な、しかしこれからの美術館としてやらなければいけない課題と、青森県の美術館は取り組もうとしているのである。青木淳のこのタタキと版築(はんちく)の展示空間は、建築的なその特殊解と考えてよいだろう。
平成十七年度の開館を目指す青森県の美術館は、県内初めての本格的美術館として登場することになる。これまでいかんともなし難かった青森県の美術愛好家の美術に対する飢餓感を癒すために、種々様々な展覧会をここで開催していき、その期待に応えたいと願っている。これには何の問題もないだろう。
ところで、青森県の美術館は、館内にレジデンス施設を内包しているが、それは日本の美術館としては極めて珍しい試みである。その意味するところは何かというと、あたりまえの話だが、青森の美術館に、現在活動しているアーティストが滞在して、仕事をするということである。滞在アーティストは狭義の美術分野に限らない。様々な芸術分野のアーティストが、ここ青森の風土や隣接する三内丸山遺跡のエネルギーに触発されて、多岐にわたる制作あるいは研究を行なうということを意味する。そのような活動プログラムを定期的に実行するということは、青森県の美術館が、現代の美術文化と強い関わりをもつ活動を展開するということであり、そのことによって、青森の美術文化の土壌に強い刺激を提供し、それを耕し、活性化していこうという態度決定のあらわれなのである。
われわれはそうした創作活動の支援を重視し、積極的に取り組みたい。そして同時に、できうる限りそれを公開し、ものを作る現場に立ち会える機会を多く作りたい。それが鑑賞者の、アートの享受と理解を、より深いものにすると信じるからである。そしてそういう視点から、美術館内の各施設は入念に考え抜かれ、計画的に配置整備されているのが、基本設計から読み取れる。



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