舞台の裏で・・・

池田亨(学芸主査)

言うは易く、行うは難し。この夏、街全体が美術館になります、というキャッチフレーズを掲げた 「キッズ・アートあおもり2000」 の野外展示は進めるにしたがって様々な問題につきあたり、苦労の連続でした。
管理の行き届いた室内ではなく野外に展示する、という時点で、作品の保安管理の問題が生じます。常に監視しているのでは野外展示の意味はないでしょうし、そうなると盗難や破壊といったことを覚悟して臨まなくてはなりません。
また、抽象的なオブジェなどならともかく、ある種のイメージの表現は見る人に不快感を与える恐れがあります。美術館なら程度の差こそあれ、自発的に見にくるのですから許容されるようなことも、不特定多数の人が、望む、望まないにかかわらず目にせざるを得ないような野外での展示は、たとえそれが真摯な表現意図をもっているにせよ、視覚的な暴力になりかねません。まして音や動きを伴う場合はなおさらです。
今回のプロジェクトで、正面からそういった問題とぶつからざるを得なかったのが岡本光博さんの作品でした。
県庁東口玄関に展示された「日本画22」は、ものもね王座決定戦の審査員席が描かれたタブローと司会者の「10点、10点・・・」という声のサンプリングをループするサウンドシステムで構成された作品ですが、この音量が作者の意図としては、周辺での会話すらできないような大音響だったため、セッティングした途端に当然のごとく苦情が相次ぎ、かなり抑えた音量に落ち着かざるを得ませんでした。ぎりぎりの妥協だったとはいえ、作者の意図からいってこれが作品として成立していたのかどうか、いまだに確信がもてません。
また野外展示の難しさを痛感させられたのが、青森市の発祥の地といわれる善知鳥神社の池にうつぶせにドラえもんのビニール人形をうかべる「ドザえもん」という作品でした。この展示は、青いビニール人形が木々の緑と朱塗りの橋に映え、大変美しく、作者が言うところの現代美術の入門として大変好評だったのですが、最終日前日の朝、「ドザえもん」は忽然と消えうせていたのです。岸辺には人形をつなぎとめていたおもりのコンクリートブロックとはずされたワイヤーが打ち捨てられていたところをみると、夜のうちにわざわざ池に入って人形を持ち去った者がいたのでしょう。もちろん今回の野外展示作品は、こわれようながなくなろうがすべてのリスクは覚悟の上ということで展示の許可をいただいていたのでどうしようもなかったのですが。
新町商店街を毎日場所を変えて展示した「法」は、托鉢僧の 等身大の人形3体が並び、サウンドセットから「ほぉー」という声を出すというものでしたが、道ゆく人々に多大なインパクトをあたえるとともに、気味が悪いなどの苦情も受けた作品です。
この人形の持っている托鉢の鉢には、作品名のキャプションをつけているにもかかわらず、お金を入れていく人が数多くいました。それは口頭でどんなに作品ですと断っても同じだったのは、このイメージの持っている力がアートであることなどはるかにこえて強力だったからに他ならないでしょう。
アートが美術館から外に出るということは机上で考える以上に困難です。公的なイベントとして、街全体をそこに置かれたものがアートであることを保証する「美術館」という制度の磁場の中におくというのは一つの方法でしょうが、演出された空間ではなく、街の日常を残したまま作品を展示するのは社会と表現とが直接向きあうのっぴきならない状況をつくりだします。
今回のイベントでは、ワークショップや共同制作会、パフォーマンスなど展示以外での内容はとても充実しており、参加者からの反応も手ごたえのあるものでした。その中で、野外展示に関しては、必ずしも大成功したとは言えないかもしれませんが、美術館が街へと活動の範囲を広げていく上で突き当たらざるをえない様々な問題を浮き彫りにしたという点で、意義のある試みだったと思います。



学芸員エッセイ