2008年6月25日 (水) - 2008年9月21日 (日)

特集:青森の四季を描く Four Season in Aomori

青森の季節は冬を起点にめぐります。
青森がまだ真冬である二月初旬、立春の頃、「立春大吉」の真新しい御札が家々の戸口にかいま見られるようになります。新春 (旧暦の) をことほぎ、一年の無病息災の願いが込められているのですが、吹雪のさなかに御札を目にすると、とたんにこの春という一文字に目が惹きつけられます。現実とのギャップを嫌というほど味わいながら、近い春に思いを馳せるのです。
この雪国の春を待つ心をテーマに描き続け、夢幻の世界と現実の世界のはざまを漂う独特の画風で知られる、弘前出身の日本画家工藤甲人。
千葉県生まれですが、三内丸山の地に工房を構え、こよなく青森を愛し、青森の地で制作し、青森を表現し作品に留めようとしたガラス作家石井康治。
真っ白な雪の世界がよく似合いそうな、青を基調とするカラフルな色面構成で知られる弘前出身の画家佐野ぬい。
ふるさと青森に対する哀しくも愛おしい想いを板画や倭画でユニークな世界を創り上げた、青森を代表する芸術家棟方志功。
今回の特集では、「青森の四季を描く」と銘打っていますが、現実の風景を描くということではなく、それぞれの作品から、その展示空間から、雪深い「反」の精神に培われた青森の風土を体感していただければと思います。

画像:工藤甲人 光昏 1972年
工藤甲人 光昏 1972年
画像:石井康治 彩花文器 1995年
石井康治 彩花文器 1995年
画像:佐野ぬい 青の構図 1994年
佐野ぬい 青の構図 1994年

□ 棟方志功展示室
棟方志功:故郷への想い
MUNAKATA Shiko:Nostalgia for Aomori

画像:棟方志功展示室油絵画家を目指して21歳で初めて上京し、翌年本格的に東京で生活を始めた棟方ですが、遠く離れた故郷青森を忘れることはありませんでした。著書の中でも青森に対する熱い想いを繰り返し綴っており、故郷は常に棟方の心の拠り所となっていたことがうかがえます。
八甲田山や十和田の奥入瀬渓流、合浦公園などの風景のほか、特に晩年には、青森の風土や民謡、民間信仰を題材に数多くの板画作品を制作しています。独特の裸婦の姿で表現されたそれらの作品は、大きな手や尖った指先などを特徴とする鋭い線で描かれ、全体的に丸みを帯びた棟方のそれまでの女人画とは明らかに趣が異なっています。本州最北端に位置する青森の風土やもの悲しい伝説を扱っており、1959年に棟方が初めて渡米した時に目にして「いちばんおどろいた絵」というピカソの作品「ゲルニカ」を思わせるものもあります。
棟方は故郷を「あおもりは かなしかりけり」と詠いあげました。故郷に対する哀しくも愛しい想いと、幸への祈りを込めて制作された作品を紹介します。
(展示作品数:19点)

□ 展示室M
工藤甲人:春を待つ心
KUDO Kojin:Awaiting Spring

画像:展示室M (工藤甲人)工藤甲人は、1975年から76年にかけて、『休息』『渇仰』『化生』『野郷仏心』という四季をテーマにした四部作を制作しました。工藤甲人の絵を描く精神がここに込められています。
『休息』(冬) では、東北人の冬の生活を表しています。中央の枯葉は、雪の中に閉じこめられている人間です。背景の木々の中に黄色い蝶が幹にくっついています。冬蝶です。羽が破れくずれても春を待つ。雪国の人々の冬ごもりの精神、待つという精神です。
『渇仰』(春) では、春の息吹がテーマです。時には道路のアスファルトをも突き抜ける強く逞しい草の芽。小さな蟻が地から湧き上がった気に乗って太陽に向かって昇り、空には立ち上がった気が漂っています。東北人の春を待つ心です。
『化生』(夏) では、源氏蛍と平家蛍が戦いの渦を見せています。工藤は、なぜ蛍を描くかというと、命あるもの小さくても弱くても心に灯火(ともしび)を持たなくてはいけない、人間の魂とか希望というものを伝えたかったからと言います。生命の讃歌です。
『野郷仏心』(秋) では、木の根が仏像を見上げるような表情を見せています。ここに描かれた自然の動植物は意思があるかのように仏に心を寄せています。一木一草仏心あり、日本人の自然観です。
春を待つ冬から始まり、待ちに待った春が来て、最も生命力溢れる夏に様々な戦いがあって死んでいくものあり生まれ変わるものあり、最後に無常な秋のたたずまいの中で仏の世界に浄化されていきます。
工藤甲人 (くどう・こうじん) は、1915 (大正4) 年、現在の弘前市百田に生まれ、戦後、新しい日本画を創り出そうとした美術団体、創造美術・新制作日本画部・創画会を活動の舞台とし、故郷津軽の風土に根ざし、夢幻の世界と現実の世界のはざまを漂う独特の画風を築き上げました。
(展示作品数:7点)

□ 展示室L - J - K
石井康治:詩・季・彩―ガラスのきらめき
ISHII Koji:SHI (poem)・ KI (seasons)・ SAI (colors) -Brilliance of Glass

画像:展示室K (石井康治)どうやって自然をガラスにうつしとるか、しかも宙吹きという技法でもって。
この至難な命題に向かって、石井康治は果敢に取り組みました。彼が愛した奥入瀬など青森の自然を幾度となく写生に出かけ、
「僕はものを作る時、ドローイングとかデッサンとか、かなり手を動かします。それで実際作る時、そういう動きをガラスにやってみようということでやっています。」
というように、手の技に裏付けられた技法で、青森の自然をガラスにうつしとっていきました。
例えば、彩花文器と題された彼の代表的なシリーズは、豊饒な弘前の桜を想い起こさせます。水面を流れる桜の花びら、あるいは風に舞う花びら。花びらのひとつひとつは、「ミルフィオリ」という金太郎飴のようなガラス棒をカットして作り出す花模様のガラス片をちりばめる、イタリアのムラーノ島の技法によっています。
1946年千葉県に生まれた石井康治は、東京芸術大学卒業後、ガラス工芸作家として活動を始め、1991年には三内丸山に念願の工房「石井グラススタジオ青森工房」を開設。1996年11月19日、青森で急逝するまで、青森の自然は彼の創作の源泉となりました。
石井康治は「色ガラスを用いて自分のイメージを詩のような感じで作りたい」と語り、こよなく青森を愛し、青森の地で制作し、青森を表現し作品に留めようとした作家でした。
今回は、150点余の寄託作品のうち40点余を展示しています。この寄託は、生前、「青森で作った作品を、青森の人たちに見てもらえるスペースを作りたい」と作家本人が語っていた志を御遺族が承けてのことです。
(協力:石井グラススタジオ/展示作品数:41点)

□ 展示室I
佐野ぬい:雪の中へ
SANO Nui:Into the Snow

画像:展示室I (佐野ぬい)青森の冬は雪に閉ざされます。雪道のパースペクティブに色とりどりのカサやコートの花が咲きみだれます。雪を背景にその色は一層鮮やかさを増します。佐野ぬいの作品を、雪の中へ、白一色の世界の中へ返してみたくなりました。
1932年、弘前の洋菓子店に生まれ、父親が家業の傍ら同人誌を発行するなど文化人であった関係で、店には当時の作家や画家が多く集っていました。そういう文化的な雰囲気の中で成長していった佐野ぬいは、やがてパリに憧れ、女子美術大学へと進み、画家としての道を歩むことになります。
1955年、卒業後も大学に残り制作活動を続け、50年代後半にはアンフォルメル、60年代には現代アメリカ絵画などの体験を通じて、青を基調とし、色彩の対比で画面構成を行う独自の作風を確立していきました。
「美しさに感動するとき、それは色彩となって心に残る」と作者自身語っているように、さまざまな色が語りかける佐野ぬいの言葉に耳を傾けてみませんか。
(展示作品数:8点)

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夏のコレクション展関連イベント| 石井康治グラススタジオ青森工房見学会

現在開催中の「夏のコレクション展」で特集展示をおこなっているガラス作家・石井康治の制作工房を見学する見学会を開催いたします。
1991年青森市三内丸山に開設された本工房は、1996年に石井が急逝するまでの約6年間、彼の作品制作の中心となっていた場所でした。石井の逝去後に工房は閉鎖されましたが、このたび、ご遺族・関係各位のご協力により特別に見学させていただくことになりました。
見学会では、作品制作に使用された道具や材料等をご覧いただくとともに、実際に制作の場に立ち合っていた工房関係者の方々からお話を伺います。
大変貴重な機会となりますので、ぜひふるってご参加ください。

日時:8月22日 (金)、23日 (土)、24 (日)、25 (月) 各日 10:00 - 11:30 / 13:30 - 15:00
定員:各回ともに20名
料金:常設展示観覧料 (一般:500円、大学生・高校生:300円、中学生・小学生:100円)
申込方法:電話受付のみ。回次事に先着順で受付いたします。ご希望の日時をお伝えください。
※定員に達し次第、締め切らせていただきます。
申込開始日時:2008年7月19日 (土) 午前9:00 -
申込受付電話番号:017-783-3000
※電話受付は休館日 (7月28日) を除く9:00 - 18:00のみとなります。
※電話以外 (メール、Fax等) でのお申し込みはできません。

集合場所:青森県立美術館常設展示室Kにお集まりください。工房へは、美術館シャトルバス (無料) にて送迎いたします。
※団体で行動しますので、個別に工房へお越しいただくことはできません。
お問い合わせ:青森県立美術館 Tel 017-783-3000 Fax 017-783-5244

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×Aプロジェクト no.5

□ 展示室O
岩井康賴:時と意識の景 ~下北尻屋岬、そして津軽追良瀬
IWAI Yasunori:The Landscape of the Time and Consciousness –Shiriyazaki in Shimokita and Oirase in Tsugaru

画像:バイエープロジェクトポスター岩井康賴は1952年十和田市に生まれ、愛知県立芸術大学で学んだ後、1981年から弘前を拠点に制作活動を行っている美術家です。堅実な描写とヴァルールの安定した色調に特徴を持つ絵画や、不可思議な生物が空間に漂う緻密な銅版画、尻屋崎や深浦で採集された流木等を構成したレリーフ、立体など形式の幅は広いものの、一貫して奇をてらうことなく、真摯に自己の表現と向き合い続けています。本展では、近年岩井が積極的に取り組んでいるレリーフ作品を中心に紹介し、岩井芸術の「本質」を明らかにします。
下北半島の尻屋崎と、津軽西海岸に流れ込む追良瀬川河口周辺はともに寒流と暖流が交わる潮の変わり目。海流にのって様々な漂流物がそこには流れ着きます。人間や土地の記憶をたっぷりと含んだ漂流物は、速度が求められる忙しない現代社会において、遙かなるもの、未知なるものへの想像力を喚起してくれます。岩井は、それらが発する無声の声に感覚をゆだね、その声に寄り添いながら、漂流物のアッサンブラージュを試みるのです。時間と意識の堆積した漂流物を構成し、その豊潤な記憶を抽出したロマン的な表現と言えましょう。
「扉」のイメージを強く持つそれらの形象は、さながら多くの他者の意識を秘める祠、社、蔵の入り口のようにも思えます。そして、中央に添えられるヒトガタ。漂流物の大胆な構成に対して、繊細、緻密な彫りによるそのヒトガタには、岩井の漂流物に対する尊敬と畏怖、そして鎮魂の念が込められているのかも知れません。
中央の美術動向や流行といった移ろいやすいものにきっぱりと背を向け、作家が暮らす津軽の地脈とそこに堆積する記憶や声なき声をすくい上げ、その仮象性を作品として提示する岩井康賴。決して客観的な実在性を持つことはないものの、それもまた「青森」を記述する試みの一つではないでしょうか。
物質のフォルムや素材としての質感、色彩などから様々な想いを読み取り、その「構成」に自らの想いを託し、ナラティブなヴィジョンを表出させていく点に岩井作品の大きな特徴があります。まるで母から子へと生命が受け継がれていくように、自然の循環構造の中で作品を思考していくのです。かつて岩井は、「自然の連環のなかに絵を回帰させることが制作の理想の姿」と述べましたが、絵画であれ、レリーフであれ、彫刻であれ、形式は異なれど、岩井の追求する表現は本質的なところで共通しているように思えてなりません。
その静謐なるファンタジーの世界は観る者を人間存在の精神的故郷へと誘ってくれることでしょう。
(展示作品数:9点)

×Aプロジェクト 写真1 ×Aプロジェクト 写真2 ×Aプロジェクト 写真3

※「×A (バイエー) プロジェクト」は、青森県立美術館のコレクションと建築空間の新たな魅力を引き出すための継続的プロジェクトです。 国内外のアーティストの作品やさまざまな創造の分野で活躍する人たちの発想など、青森県立美術館のコレクションあるいは建築空間に、新しい可能性を切り開く要素をかけ (×) 合わせることで、その特性と普遍性について考えます。

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その他常設展示

□ 展示室F
奈良美智:インスタレーション
Installation by NARA Yoshitomo

画像:展示室F (奈良美智)青森県弘前市出身の奈良美智 (1959 - ) は、弘前市の高校を卒業後、東京と名古屋の大学で本格的に美術を学び、1980年代半ばから絵画や立体作品、ドローイングなど、精力的に発表を続けてきました。青森県立美術館は、1997年から奈良美智作品の収集をはじめ、現在その数は150点を越えます。
《Hula Hula Garden》と《ニュー・ソウルハウス》という2点のインスタレーション (空間設置作品) を中心に、奈良美智の世界をご紹介します。
※《ニュー・ソウルハウス》、《あおもり犬》は7月19日(土)からの公開となります。

□ 展示室G
寺山修司:寺山修司と青森県
TERATAMA Shuji:TERAYAMA Shuji and Aomori

画像:展示室G (寺山修司)寺山修司が後年、自信で書き記した自らの出生地については、弘前市、三沢市、五所川原市などがある。
寺山修司がなぜこのように自らの出生地を青森県の様々な地にしたのか?その心情はさだかではないが、そのヒントは著書『誰か故郷を想はざる―自叙伝らしくなく』に述べられている。

私は1935年12月10日に青森県の北海岸の小駅で生まれた。しかし戸籍上では翌36年の1月10日に生まれたことになっている。この20日間のアリバイについて聞き糾すと、私の母は「おまえは走っている汽車の中で生まれたから、出生地があいまいなのだ」と冗談めかして言うのだった。 (略) 私は「走っている汽車の中で生まれた」という個人的な伝説にひどく執着するようになっていた―
実際に寺山修司が生まれた地は、警官だった父・八郎が勤務していた「弘前市」というのが現在の定説になっている。
その後父の転勤にともなって少年・寺山修司は、五所川原〜浪岡〜青森〜八戸〜再び青森市と、めまぐるしく青森県内を転々とする。
そして昭和20年7月28日の青森空襲によって焼け出され、父の故郷・三沢 (古間木) へ。さらにその後、母が九州へ働きに行くことになり、ははの親戚が住む青森市に身を寄せる。中学2年の時だった。この青森市で高校3年までをすごし、早稲田大学進学にともなって上京。少年期に別れをつげるのである。
(企画・展示:テラヤマ・ワールド/展示資料数:38点)

※7月19日 (土) からの公開となります。

□ 展示室P - Q
斎藤義重:思考する板
SAITO Yoshishige:the board thinking

絵画や彫刻といったジャンル分けを超えた独自の表現を追求した斎藤義重 (1904 - 2001)。
1960年代以降は、電気ドリルを使って合板に線を刻んだ連作を発表することで作品の物質性に重点をおき、1970年代末からは空間を取り込んだ立体作品へと移行していきました。
今回は、後期作品の重要な素材であった板 (主にスプルース材) に着目し、その幾何学的な構成による作品、神話に想を得た作品、実用性に富む作品など、板の自在な組み合わせによって生み出された様々な表現を紹介します。いずれも、木の素材感が可能な限り消された板が多様に重なり、また複雑に構成されることで、板と板との緊張感ある関係、そして板と空間との豊かな関わりが追求された作品です。何を示し、何を意味するかではなく、純粋なる「もの」として存在するこれら作品は、受け手に思考と解釈を要求します。ただし、そこに何らかの「正解」がある訳ではありません。作品をきっかけとして、それぞれの思索や感性を深化させていくこと。「分かりやすさ」が重視される現代において、斎藤が残した作品群はより重要な意味を持ちはじめているのではないでしょうか。
(展示作品数:10点)

□ 展示室H
成田亨:怪獣、メカニック、セットのデザイン
NARITA Tohl:The original designs of Monster, Mechanic, Set.

画像:展示室H (成田亨)成田亨が手がけたウルトラシリーズのデザイン原画を紹介します。
成田は新制作展を舞台に彫刻家として活躍する一方、映画「ゴジラ」(1954年) を皮切りに特撮美術の仕事も多数手がけました。代表作となったウルトラシリーズ以外にも、TV「マイティジャック」(1968年) や「突撃!ヒューマン!!」(1972年) に登場するヒーロー、メカニックのデザイン、映画「新幹線大爆破」(1975年) 、「麻雀放浪記」(1984年) などの特撮美術でも広く知られています。
 今回は、「ウルトラQ」(1965年)、「ウルトラマン」(1966年)、「ウルトラセブン」(1967年) に登場した名怪獣たちと、番組を彩る多彩なメカニックやセットのデザイン原画を紹介します。彫刻家としての感性、芸術家としての資質が反映されたそのデザインは放映後40年が経つ現在も輝きを失っていません。
子どもから大人まで、多くの日本人に親しまれている怪獣、宇宙人の数々をお楽しみください。
(展示作品数:32点)

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展示室N:特別史跡 三内丸山遺跡出土の重要文化財

縄文の表現

特別史跡三内丸山遺跡は我が国を代表する縄文時代の拠点的な集落跡です。縄文時代前期中頃から中期終末 (約5500年前 - 4000年前) にかけて長期間にわたって定住生活が営まれました。これまでの発掘調査によって、住居、墓、道路、貯蔵穴集落を構成する各種の遺構や多彩な遺物が発見され、当時の環境や集落の様子などが明らかとなりました。また、他地域との交流、交易を物語るヒスイや黒曜石の出土、DNA分析によるクリの栽培化などが明らかになるなど、数多くの発見がこれまでの縄文文化のイメージを大きく変えました。遺跡では現在も発掘調査がおこなわれており、更なる解明が進められています。
一方、土器や土偶などの出土品の数々は、美術表現としても重要な意味を持っています。当時の人間が抱いていた生命観や美意識、そして造形や表現に対する考え方など、縄文遺物が放つエネルギーは数千年の時を隔てた今もなお衰えず、私達を魅了し続けています。
青森県立美術館では国指定重要文化財の出土品の一部を展示し、三内丸山遺跡の豊かな文化の一端を紹介します。縄文の表現をさまざまな美術表現とあわせてご覧いただくことにより、人間の根源的な表現について考えていただければ幸いです。
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マルク・シャガールによるバレエ「アレコ」の背景画

青森県は1994年に、20世紀を代表する画家、マルク・シャガール (1887 - 1985) が制作した全4幕から成るバレエ「アレコ」の舞台背景画中、第1幕、第2幕、第4幕を収集しました。
ユダヤ人のシャガールは1941年、ナチの迫害から逃れるためにアメリカへ亡命します。バレエ「アレコ」の舞台美術は、画家がこの新大陸の地で手がけた初の大仕事でした。
1942年に初演をむかえたバレエ「アレコ」の振付を担当したのは、ロシア人ダンサーで、バレエ・リュスで活躍したレオニード・マシーン。音楽には、ピョートル・チャイコフスキーによるイ短調ピアノ三重奏曲をオーケストラ用に編曲したものが用いられ、ストーリーはアレクサンドル・プーシキンの叙情詩『ジプシー』を原作としていました。
シャガールは祖国ロシアの文化の粋を結集したこの企画に夢中になり、たくましい想像力と類いまれな色彩感覚によって、魅力あふれる舞台に仕上げたのです。

作品名 制作年 材質技法 寸法 (cm)
『アレコ』第1幕 《月光のアレコとゼンフィラ》 1942年 綿布・テンペラ 887.8×1472.5
『アレコ』第2幕 《カーニヴァル》 1942年 綿布・テンペラ 883.5×1452.0
『アレコ』第4幕 《サンクトペテルブルクの幻想》 1942年 綿布・テンペラ 891.5×1472.5
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