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本日4/27に工藤哲巳展関連イベント トークセッション「工藤哲巳と津軽」を開催しました!
内容をまとめましたのでご覧ください。

トークセッション「工藤哲巳と津軽」
日時:4月27日(日) 13:30−15:00
会場:青森県立美術館B1FワークショップルームA
トーカー:
太田美知(美術家)
飯田高誉(青森県立図書館総括副参事)
司会:
池田亨(青森県立美術館美術企画課長)


少年期と80年代を青森で過ごし、晩年に津軽や縄文をモチーフに取り上げるようになった工藤哲巳ですが、彼と交流のあった青森の作家・太田美知さんをお招きして、担当学芸員とともに、青森が世界的な芸術家・工藤哲巳にどんな影響を与えたのかを考察しました。

トークセッションは、まず、工藤と両親の関係や、工藤が幼少期を過ごした五所川原に伝わる「虫送り」などの風習、津軽塗や「ずぐり」(津軽独特の独楽)など青森の伝統工芸のかたちや色彩が実は工藤の作品に深い影響を与えているのではないか、という当館学芸員の池田の考察からはじまりました。

それをうけて、太田さんは、工藤に自分の作品が「津軽的」と評され気に入られ、よくよくみれば、自分の作品に工藤と同じく津軽塗の色彩が現れていたことや、幼少期の津軽の思い出が作品に深く影響を与えていることをまず話されました。そしてその後、当時、気鋭の評論家であった中原佑介や多木浩二などがBゼミという美術学校に集い前衛的な美術を模索していた70年代の状況や、反芸術の旗手であった田中信太郎氏から工藤を紹介されたこと、工藤に出会う前は得体の知れない怖い人というイメージがあったが実際に会うと僧侶のような人で物腰が柔らかくて寛大だったというような工藤の人柄についてなど当時の時代背景や工藤との交流を、貴重な資料を交えながら、お話ししてくださりました。

その後のディスカッションでは、飯田氏が、草間彌生が種苗農家に生まれたことや横尾忠則がこどものころ空襲で赤く燃えた空をみていたことなどを例に、実は工藤に限らず幼少期の原体験的な記憶が芸術家の制作に大きな影響を与えていることを補説したり、「インポ哲学」は「インド哲学」とかけているのではないか、カゴの中に鼻が入っているのは咽喉とインコをかけているのではないかなど、実は工藤の作品は見かけのシリアスさとは反対にダジャレが含まれていてユーモラスなものが多々見られることを語らったりするなど、工藤哲巳にとっての青森と、工藤哲巳という人物についての理解がさらに深まるトークセッションとなりました。

ダジャレが含まれている作品名が気になる方は、ぜひギャラリートークで学芸員に質問してみてくださいね!

報告(文責):
山本沙織(青森県立美術館広報担当)+高橋洋介(青森県立美術館エデュケーター)
by 広報 |  2014年4月27日 15:46  | 工藤哲巳展

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