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A-ism vol.6 特集 |
美術館のコレクション ― 工藤哲巳展をめぐって
工藤哲巳展を終えて
三好徹(学芸員)
5月19日、1ヶ月にわたる展覧会を終えた。工藤哲巳の出身地である五所川原市のオルテンシアを会場に、2000人を超える入場者を迎えた。今年度より始まった「アートツアー・イン青森」と銘打った県立美術館開館に向けてのプレイベントの第一弾である。「アートツアー・イン青森」とは、青森県が持つ創造的エネルギーを掘り起こし、発信するという県立美術館が目指す活動の一端を理解してもらうため、県内各地を巡りながら、ゆかりの作家の展覧会や青森県が持つ魅力を発信するアートプロジェクトなどを展開していくプレイベントである。
第一弾に工藤哲巳を採り上げた理由としては、ひとつには美術館コレクションの重要な位置づけとなる作家であること、次に工藤作品については質量ともに世界に誇れるコレクションとなってはいるものの、未だ公開していなかったこと、そして国内外の美術館に作品が収蔵され、その美術史的な評価を得ているものの、県内では比較的知られていなかったことなどが挙げられる。
担当として会場に詰め、作品解説など直接に来館者と接し、またアンケートを見て言えることであるが、やはり「青森県からこういう美術家が出ていたとは知らなかった」「工藤の作品に共感できた」「実際に作品を見て、解説などを聞いて、ある程度理解できた」「こういう企画をもっとやってほしい」などの声が圧倒的であった。工藤哲巳に対する関心、県立美術館開館に向けての期待感を持っていただいたことで、「アートツアー・イン青森」の役目は果たせたのではないかと思う。
ところで、美術館がコレクションを持ち、それを展示することは、美術館の基本的な機能であることは言うまでもない。収集した作品は、調査・研究、常設展示、他の美術館への貸出しなどに活用される。工藤哲巳の作品も常設展示されることとなる。棟方志功の作品も然り。常設展示はいわば美術館の顔である。現在、県出身及びゆかりの作家を中心とする基礎コレクションの充実を図り、更なる展開をすべく作品収集に努めている。青森県からは、工藤、棟方をはじめ寺山修司らユニークな芸術表現の領域を切り拓いた美術家を多数輩出している。単なる県出身作家という観点ではなく、青森県の作家が持つエネルギッシュでユニークな特性の意味を問い、探る場として、これらの常設展示を考えていきたいと思う。それが、地域に根ざすことによって国際的に発信する青森県の美術館としての存在意義を示すことになるであろう。
地方の公立美術館の在り方として重要なことは、地域住民に愛され、育てられることである。そのコレクションは、自分たちの宝物であり、誇りであると言ってもらえることである。そのためには、われわれ美術館活動に携わるものが、コレクション形成なり、展覧会なり、アートプロジェクトなり、さまざまな活動において、理解と協力を得て、そして共に美術館を作り上げていくのだという意識を共有できるように努めていかなければならない。
今、工藤哲巳展を終えてみて、その思いを強くした。
工藤哲巳 略歴
1935 父正義(新制作派協会所属の画家)が東京美術学校卒業後、美術教師として赴任していた大阪で誕生。
1942 父正義帰郷。父の実家から五所川原市七ッ舘国民学校に通う。
1943 父正義、青森師範学校教授となる。
1945 10月、父正義死去。享年39歳。その後、青森師範学校美術科の講師となった母と共に、弘前市に移り住み、朝陽小学校、弘前第四中学校に通う。
1948 母の郷里岡山へ移る。丸の内中学校(岡山)へ転校。
1950 4月、操山高校(岡山)入学。
1953 3月、操山高校(岡山)卒業。東京芸術大学受験に失敗。東京、阿佐ヶ谷の三輪研究所へ通う。
1954 4月、東京芸術大学に入学し、林武教室に所属。
1958 東京芸術大学卒業。
1957-62 読売アンデパンダン展、グループ「鋭」展を中心に活動。
1962 第二回国際青年美術家展大賞受賞。5月4日、夫人とともにパリに渡る。
1975 岡山にて「=工藤哲巳・吉岡康弘= 岡山の生んだ異才とその周辺」展開催。
1977 サンパウロ・ビエンナーレ特別賞受賞。パリ、ポンピドーセンター開館記念展出品。
1978 ドイツ学術交流基金(DAAD)により一年間ベルリンへ招待される。
1981-82 「1960年代−現代美術の転換期」展(東京、京都国立近代美術館)出品
1982 「第1回現代芸術祭 -瀧口修造と戦後美術」展(富山県立近代美術館)出品
1983 帰国、弘前市にアトリエをかまえ、日本とパリを往復する。
1984 「津軽文化褒賞」(五所川原市)受賞。同時に夫人へ「内助功労賞」。「現代東北美術の状況展」(福島県立美術館)、「現代絵画の20年」展(群馬県立近代美術館)出品。弘前市立博物館にて父正義の回顧展開催。
1986 「ひとりの作家の歩んだ道 工藤哲巳の世界」展(弘前市立博物館)
1987 東京芸術大学油画科教授となる。
1990 11月12日、結腸癌のため、東京都千代田区の三楽病院で死去。享年55歳。
1994-95 「工藤哲巳回顧展−異議と創造」展(国立国際美術館、岡山県立美術館)
特集
(仮称) 青森県立美術館設計の経過報告 断面図から構想された建築デザイン
キッズ・アート・ワールドあおもり2000−終わる世紀とはじまる未来−
美術館の思想、着想、そして形−基本設計をめぐって−
アートとこどもの関係−キッズ・アートワールド2001あおもり報告
美術館のコレクション − 工藤哲巳展をめぐって
アートが作るネットワークとは? -「キッズ・アートワールドあおもり2002」が残したもの
アート・ボランティア開花宣言
- ボランティアに開かれた美術館を目指して 黒岩恭介(青森県美術館整備推進監)
- 変わる〈美術館ボランティア〉−「奈良美智展」以前・以後− 高橋しげみ(学芸員)
- 青森県*ボランティアの大冒険 高田敬子(環境生活部NPO・ボランティア推進監)
美術館のシンボルマーク決定!
